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7月7日(天川姉妹)
大和田の件もようやく落ち着きをみせてきた。学校でも事件のことを聞かれなくなったし、近所の人からも変な目を向けられなくなった。
「ねえ、沙弥。いい加減機嫌を直してくれないかな?」
住宅街は静けさを取り戻している。沙弥とこうして一緒に下校するのは久方ぶりだが、禄に口をきいてもらえていない。まぁ、口をきいてもらえないのは今日に限っての話しじゃないのだが…………。
隣にいる沙弥は口を噤んだまま明後日の方を向く。大和田の事件以来こうだ。ふくれっ面で話しかければ顔を背けて、“怒っている”とアピールしてくる。
沙弥が怒っているのは、大和田の事件……特に動機について。大和田の本当の標的は沙弥で、麻弥は沙弥の振りをして被害者になった。
それをお巡りさんから聞かされて、沙弥はお怒りモードに突入。沙弥の好きなおかずを作ったり、お菓子をあげたりと今、麻弥は沙弥のご機嫌取りに奔走中だ。
「ほらほら。今日も沙弥の食べたいものを作ってあげるから! 何が食べたい?」
麻弥としては妹を守るために取った行動で間違っていたとは思わない。この先に同じことが起きても麻弥は何度だって沙弥の身代わりになる覚悟はある。
でもそれは麻弥の意見だ。沙弥からすれば“嬉しい”だけじゃ済まない。大切にされていると思う反面、危険な真似はしないでと怒りたくもなる。沙弥だって麻弥を大切に思っているのだからーーーー。
「……豚の角煮……トロトロの……」
沙弥がぶっきらぼうに答える。“時間の掛かりそうなものを”と言いたげな麻弥だったが、作ると言ってしまった以上言葉にできなかった。
「うん。良いよ! お姉ちゃんが腕に寄りを掛けて作るから、もう少し笑おう、ねっ?」
「ハァー。じゃあ、もう1個だけお願いをきいてくれたら、もう許す」
「お願い? 何でも言って?」
“任せて”と言う代わりに麻弥は自分の胸を叩いた。特に周囲に人がいる訳じゃないが、沙弥は頼もしい姉の耳を借りて小声で話しをする。
「…………ムリムリムリムリムリ絶対にぜーーーったいにムリィーーー」
静かな住宅街に悲鳴に近い叫びが響いた。泣き出しそうな顔で許しを乞うが沙弥は冷たく突き放した。
「きいてくれないなら一生許さないから」
「うーー……分かったわよ。やりますよ! そうすれば、許してくれるんでしょ!」
コレはお互いにだが、麻弥にとっての沙弥、沙弥にとっての麻弥。2人は互いに何があろうとも欠けることの許されない存在。大切な双子の姉妹だ。だから麻弥はヤケクソ気味に沙弥の望みを叶えることにした。
「流石、私のお姉ちゃん。カッコいい!」
「むぅ……都合の良いことばっか言って」
厄介な頼み事を引き受けてしまったと思う一方で、沙弥の機嫌が直ったことに安心する。
少しだけ歩くと家が見えてきた。門の前には1台の車が停まっていて、麻弥と沙弥は顔を見合わせる。両親の車じゃないし、つい先日事件もあったばかり。
「またマスコミかな?」
「予知するから待って」
麻弥は未来を見る。中には男が乗っていて、麻弥と沙弥に用事があるようだ。
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