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沙弥はソファーの上にあったクッションを膝に乗せて抱きしめる。顔を半分埋めて裕貴を見た。
「ところで伝えた?」
「伝えるって……?」
「決まってるじゃん。麻弥のメイド服のカ・ン・ソ・ウ!」
さっき玄関のところで伝えそびれたことだ。裕貴はレールの上を走る電車のように視線を動かす。期待と不安に彩られた表情で麻弥はフライパンを振る。
「まだ伝えてない」
「じゃ、今伝えようか?」
あのメイド服は自分のために着てくれたものじゃない。でも本人も気にしてたし感想は伝えるべき…………いや伝えたい。麻弥のメイド服を見たときどれだけ心が揺れ動いたのか知って欲しい。
「麻弥さん」
裕貴が呼びかけると麻弥と目が合った。引力で引き合わせられた2つの視線はお互いの瞳を真っ直ぐに捉えている。
「その……最高です。めっちゃカワイイし、本当にメイドさんになってほしいくらい」
あの感動の全てが伝わったとは思えない。裕貴は恥ずかしさに耐えかねて麻弥から目を離した。麻弥に背を向けた形で座り直すと前には真っ黒なままのテレビがある。自分自身の顔が紅く染まっているのは確認するまでもないが麻弥の姿がカウンターの中にない。
「頑張ったじゃない」
沙弥が小声で賞賛する。
「まあ。この夏が勝負だから」
「頼んだよ」
「分かってる。というか麻弥さんがいないみたいだけど?」
テレビに反射したカウンターから煙のように麻弥が消えてしまった。沙弥はクッションを裕貴の上に置く。ここから動かないでという合図だろう。
裕貴は顔だけを動かし沙弥の動き追いかける。カウンターの中に回った沙弥は床を見下ろした。
「料理は?」
「完成している」
沙弥の問いかけにどこからか麻弥の答えが返ってきた。
「じゃ、早くお皿に盛ってあげなよ? 下澤くんお腹を空かせてるよ」
ゆっくりと立ち上がって麻弥が姿を見せる。
「い、今だけ! 今だけなら良いよ。下澤くんのメイドさんになる!」
とんでもない発言に裕貴と沙弥は開いた口が塞がらない。
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