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「待って。麻弥。頭のネジ、壊れたの? いつもなら真夏の道路の上のミミズみたいに『そんなこと出来ない』ってやっているのに……」
「表現! もっと表現を可愛くして!」
存分に抗議したあと麻弥は食器棚の前に立った。
「私にだって思うところがあるの」
来客用の皿を取り出した彼女の背中は少し寂しく見える。その皿にフライパンの中の麻婆豆腐をたくさん入れた。
ダイニングテーブルに移動した麻弥と裕貴の目が再び交わる。
「ご、ご主人様。準備が整いましたので、こちらへお掛けください」
裕貴は麻弥の促した椅子に座る。目の前には沙弥が座るがまだ、信じられないという表情で麻弥を見ていた。
サラダに卵焼きに最後には丼ぶりに盛られた白米が給仕される。
「麻婆豆腐丼にしてお召し上がり下さい」
美味しそう以外の言葉が見当たらない。見た目はお店ででてくるものと遜色ないし、香りも呼吸するたびに食欲を刺激してきてたまらない。
「コレ、本当に食べていいの?」
正直麻弥の料理スキルがここまで高いと思って無かった。
「あははっ! 食べていいから招待したんだよ。下澤くんおかしなこと言うねーー」
沙弥は笑いながら麻婆豆腐丼を作り香りを楽しむ。裕貴ももう限界だ。チラッと麻弥を見ると「食べていいよ」という意味の籠もった笑顔で頷いた。
「いただきます」
裕貴は麻婆豆腐丼を口の中に勢いよく搔き込んだ。裕貴好みのピリ辛な味付け。
「……うまいっ!」
不安そうに裕貴の感想を待っていた麻弥はその1言で満面の笑みに変わる。この1言をもらうために練習を重ねてきて報われた。裕貴には見られないようにガッツポーズをする。
麻弥は裕貴からの好評化に安堵するが、一方で裕貴も麻弥の料理に胸の奥が熱くなっていた。
1度は麻弥が事件の被害者になってしまったけど、今はこうして安寧を取り戻せている。
「うまいっ! うまいっ! 本当に美味しいよ!」
裕貴の食べる勢いは最後まで衰え無かった。せっかく麻弥が作ってくれた料理なのに米粒1つですら残してはもったいないと思い、綺麗に食べ終えた。
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