8月1日(下澤裕貴)

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 部屋を出るとローブの男はもういなくなっていた。また驚かせにくるかと予想して身構えていたが肩透かしだった。  今度の廊下は勾配が強くなっていて降りて行く感覚を感じられる。角度がキツくなった分、距離は短くすぐに次の扉に着く。月日の経過が伺える頑丈な鉄の扉を模したやや重量のある扉。錆びた蝶番いが動く音も再現してある。 「なんていうか、いかにも! って感じの部屋だよな」  裕貴は看板に書いてあった内容とこの部屋の様子を照合する。召喚された悪魔とあったが、ここは召喚の儀式のための部屋のようだ。  透明な壁の向こうの床には巨大な魔法陣が彫りこまれている。六芒星に文字のような模様が書かれた魔法陣。その中心には巨木のような柱。そして吊るされた魔女。実に生なましいほどリアルな人形。彼女が召喚の贄役……。  カツンっと足音を鳴らした明里は透明な壁に近づき手を当てた。 「そう……。ここね」    魔法陣を凝視する明里の雰囲気はまるで別人。テレビのロケ中だということを意識から落としてしまったみたいだ。幸い生放送じゃないので編集すれば良い。撮影の方は問題ないがコチラが明里の素の雰囲気だろうか? 狡猾なキツネに似た笑みが知的な明里に抱く印象を悪い方へと上塗りする。  裕貴が明里への印象を変えたとき、また男の不気味な嗤いが響き出した。浩一に肩を叩かれた裕貴は部屋の隅へ視線を動かす。   ローブの男が黄金のナイフを片手に、俯きながら歩いて来た。一歩また一歩と人形との距離が減る。吊るされた人形の前まできた男は黄金のナイフを高く高く掲げた。 『悪魔よ!この娘の血を糧に、この世界の生命に災いをもたらせ!』    男は人形の首を勢い良く掻っ切った。そのタイミングに合わせて血飛沫が舞う。透明な壁があっという間に赤い水玉模様へ変わった。    人形が異常にリアルに製作されているせいで、実際の殺人を目撃してしまったような錯覚に陥る。背けてしまった目を人形の方に戻すと切られた首からおびただしい量の血が滴っていた。  流れた血が床の魔法陣の彫りこみに溜まり、血の魔法陣が完成する。そして男は絶叫した。 『成功ダァーーーッ!』  男の叫びに合わせるようにライトが激しく点滅し、幾重もの雷鳴が木霊した。  そして入口の扉がバンッ! と鳴り開いた。 『逃げ惑うえ! 仔羊ども』  低くくぐもるような声と共に悪魔が入ってきた。2本の湾曲した角がある悪魔は刺叉らしき武器を持ち最後尾にいたADを追い立てる。最後尾から悪魔に襲われたので先頭の裕貴たちも急いで次の部屋に逃げた。
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