8月☓☓日(天川麻弥)

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8月☓☓日(天川麻弥)

 8月☓☓日ーー。  この日、天川麻弥は背後を気にしながら街を歩いていた。沢山の人が行き交い、多種多様な音に満ちた街。麻弥が周囲を気にしながら歩いているのは知人に遭遇することを避けるためだ。特に未来予知が通じない沙弥はどこに出没するかわからない。一応、事前に予定を確認したときは“家にいる”と言っていたが、ここ最近、沙弥に監視されているようなので石橋を叩いて渡るように注意を払っている。  大きめサイズの麦わら帽子を取ると髪が風に靡く。爽やかとは言い難い風は、この先に起きる事件の予兆のように思う。  麻弥は洋食店の扉を開いた。裏路地にあるこの店は小ぢんまりとしていて恰幅の良いオバちゃんが1人で切り盛りしている。  客は男と女が1人ずつ。男の方は麻弥に気がついたようで驚きを隠しきれない顔をしている。  彼と麻弥の間には認識はない。それを理由に男は通常通りの振る舞いへ戻った。それでも麻弥がここへきたのは彼に用があったからだ。無関心のフリをさせる気は毛頭ない。敢えて通路を挟んだ男のとなりの席へ座る。 「ご注文は?」 「“チーズたっぷりハンバーグ”を下さい」  注文を済ませると恰幅の良いオバちゃんは料理を始める。  麻弥はスマホを取り出すと画面に視線を落とした。彼と面と向かって話すつもりはない。 「貴方たちのやろうとしていることは知っている」  ハヤシライスを食べる彼の手が止まった。姿を見なくても彼らが激しく同様しているのが伝わってくる。 「だから、今日は取引をしにきました」  彼らの反応はないが麻弥は提案を続けた。彼らの目的を考えれば麻弥が協力的になることはメリットになる。  何より取引の成否については未来予知で既にでている。  実際、麻弥が話ている最中も彼らは離席することもなく黙って聞いていた。  麻弥が提案を終えると男は「分かった」と返事をするとハヤシライスを一気に完食した。 「あんたは、何で……? いや、いい」  何かを言おうとした男だったが、コップの水を一気に飲み干し立ち上がった。そのまま足早にさる。もう1人の女性客もそのあとに続き退店したため、店内には麻弥が1人残された。 「理由なんて……。決まってるじゃない」   人生は複雑な迷路だ。分岐した道のルートしか歩けない。その道の先がどこへ繋がっているか分からずとも歩き続けるしかない。裕貴のレインコートか、合羽かの選択肢なんて良い例だ。だからこそ、選択肢の先の結果を知れる未来予知は人生のカンニングペーパーと言える。 “この道を進んだ先が幸せな人生でありますようにーーーー”
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