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8月14日(下澤裕貴)
小山海祭の日が訪れた。窓の外を見ると太陽は燦々と輝き、天気予報でも雨のマークは1つも無い。
決戦には申し分ない晴天だ。
裕貴は沙弥から送られてきた写真を開く。写真には祭り会場の近くにある白い橋が写っている。ここの下が花火の絶景スポットらしい。大和田の家の近くという欠点だがもあるのだが……。
「もう始まってるな!」
神社に近づくと祭囃しが聞こえてきた。この音楽を聞けば仕事疲れのサラリーマンも勉強漬けの学生も活気を取り戻してワクワクが止まらなくなる。そう、祭りは楽しいものなのだからーー。
裕貴は鳥居の前で足を止めた。顔をあげた浴衣の女性と目が合う。
「時間、ピッタリ」
浴衣姿の麻弥はスマホを巾着袋に入れた。
「待ちあわせの時間にはまだ余裕があるけど?」
「下澤くんならこのくらいの時間に来るんじゃないかなって予想してたんだよ」
麻弥が勝ち誇ったようにピースをする。麻弥もお祭りに浮かれているみたいで、いつもより笑顔が無邪気に見えた。
「ここにいてもアレだし……移動しよう?」
「うん! そうだね」
とは、言ったものの客足は増えていく一方。それに麻弥は浴衣に下駄。彼女がこういった格好に馴れているかは定かではないが、普段着より動きにくいのは確かだろう。
“今日は頑張るんだ”っと決めていた裕貴は勇気を振り絞る。
「は、はぐれると……いけないから」
裕貴は麻弥の前に手を伸ばした。手を伸ばしてから思ったが、付き合ってもいない女性の手を握ろうとするなんて引かれるんじゃないのか……?
まるで裁判を受けているみたいだ。
「下澤くん……」
判決が言い渡される。裕貴の手を麻弥が握り返す。
「エスコートお願いします」
麻弥の手は柔らかく小さかった。けど、真夏の太陽よりも熱い。
「お祭り楽しみだね! いこっ! 下澤くん」
握った手から鼓動が伝わる。重ねた掌のなかに心臓があるみたいだ。この鼓動が自分のものなのか、それとも麻弥のものなのか……。溶けて混ざりあった2つの鼓動は激しくて、そして穏やかだ。
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