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8月14日(天川家)
麻弥はタクシーから降りた。前坪の切れた下駄は切れていない方と合わせて右手の指でぶら下げて住み慣れた家を見上げる。沙弥の在宅は窓の明かりで察せられた。
「ただいまー」
玄関を開けるとリビングの方からバタバタっと慌てた様子の足音が鳴る。
麻弥が帰ってくるのを首を長くして待っていたらしく、「おかえり」をより先に別の言葉が飛び出した。
「どうだったぁ!?」
沙弥の顔は裕貴とのことを聞きたくてウズウズしている。それをまるっきり隠そうとしていなかった。
「その前にお風呂に行っていいかな? 下駄の鼻緒が切れちゃって」
タクシーを使って帰ってきたがまるっきり歩かないという訳にはいかなかった。それに汗もかいていて背中や首筋などいたるところがベタつく。早く熱めのシャワーでサッパリとしたい。
「しょーーがない。早く行きなよ。その代わり後でゆっくり聞かせてもらうから」
せっかく下調べをしてくれたのに橋の下で花火を見れなかったこと。裕貴に告白したこと。伝えなくてはいけないけど…‥……麻弥はそっと人差し指を唇に這わせた。
この事は秘密にしておきたい。裕貴と2人だけの秘密にしておきたい。
勢いに任せてキスしてしまったことは隠しておこうと決めて浴室へ向かった。
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