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9月 7日(下澤裕貴)
夏休みが終わって学校が始まった。朝から続くうだるような暑さは夕方になっても衰えず、裕貴は駅近くのコンビニに避難していた。適当に雑誌を読んだり、商品を物色して時間を潰す。そうしているうちに踏み切りの警報が鳴り始めた。裕貴はアイスを購入するとコンビニを出て駅へ向かう。
駅には電車が停まっていて、降車した客が駅から出てくる。その客のなかから天川麻弥を探すのだが、特に苦労もなく見つけられてしまう。
麻弥さんしか見えなくなってしまったのだろうか? っと心の中で呟きながら、彼女の元へ歩みを進める。すると麻弥もピッタリとタイミングを合わせて歩調を早めた。
「おかえり」
裕貴が声をかける。麻弥は裕貴の正面で立ち止まると柔らかく微笑んだ。
「ただいま。下澤くんもおかえりなさい」
「うん。ただいま。ハイ、コレ」
裕貴は買ったアイスを麻弥に渡した。
「ありがとう。嬉しいんだけど、でも毎日買ってくれなくても大丈夫だよ。お金だってかかるし」
「僕が食べたいだけだし、それにアイスで麻弥さんを熱中症から守れるなら安いもんさ」
「もぉ大袈裟だなぁ。そ……れにそのセリフもマンガみたいで恥ずかしいから!」
指摘されて顔が熱くなってきた。随分と恥ずかしいセリフを言ってしまったと反省する。
「わ、分かってる! つい言いたくなったんだって」
マンガの中でもキザなモブキャラが言いそうなセリフ。そんなダサいセリフを言ってしまったのだ。麻弥にどんな反応をされるのか怖い。
「気取ったみたいなセリフ。普通の女の娘ならドン引きだよー」
裕貴の手に残っていたアイスが消える。消えたアイスは麻弥の手で外装を破られた。
「だがら、私以外にはゼーッタイに言わないでよ?」
冷たい感触が唇を襲った。押し付けられたアイスは腹の底まで冷えそうなくらい冷たい。肝に銘じておくようにと言われた気分だ。
裕貴はアイスを噛じる。アイスの後味が残っまま、気になった言葉を繰り返す。
「…………“私以外”?」
「うん。“私”以外には絶対にダメだよ」
麻弥は答えた。一見すると毅然とした対応だが、その瞳は働きアリみたいに落ち着きがない。分かりやすく照れを隠している。そう気がついた瞬間、1段と麻弥が可愛く思えてきた。
「うん! と、言うか……僕が格好をつけたい人は麻弥さんだけ、だから」
裕貴の言葉で偽りの態度は呆気なく崩れさった。逃げるように歩きだしたので、裕貴もあとを追う。
「…………今日も暑いね」
麻弥は夕日に目を細めながら言う。太陽の光が麻弥を包み込んでいて、綺麗だ。しかし、同時に儚くも感じられるーーーーまるで光の中に溶けてしまうかのように。
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