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麻弥の腕を引いて歩く。彼女は熱の籠もった目で繋がった2本の腕を見ている。
「今日は! ちょっと強引だね」
「そうかもしれない。ごめん。でも今はこうしていたいから」
このまま家に送り届ける。今度は玄関までと言わず家の中まで……。沙弥に引き渡すまで……。
そう意気込み街の中を歩いていく。
車が通るーー。
横断歩道を渡るーー。
自転車が追い越していくーー。
交差点を曲がるーー。
歩行者とすれ違うーー。
また麻弥が姿を消すかもしれない。もしかしたら犯人が潜んでいるかもしれない。麻弥が自らの死を回避するつもりがないと分かった以上、全部が警戒の対象だ。
「僕がしっかりしないとダメなんだ、僕がしっかりしないとーー!」
沙弥の計画通りに進んだことで気が抜けていた。一緒に帰るのを楽しんでいてはいけなかったーー。
気を張り詰めるーー。後悔もする。その想いは裕貴の身体にも現れていた。麻弥は顔を歪めて訴える。
「下澤くん。そんな強く握られると痛い……」
「ご、ごめん……。つい力が入ってしまって……」
裕貴は力を緩める。しかし、その手を離す気はない。
「どうかしたの? 急に険しい顔になったし……思いつめているようにもみえるし……」
「それ、は……」
一層のこと全てを打ち明けて、「死なないで」と縋ってみるという案が浮かぶ。でも策略を巡らせていたと知られれば麻弥への愛も疑いの対象となってしまう。そしたら結局同じだ。
裕貴と麻弥は視線を交わらせる。時間にすれば本当に僅かな時間だったがその間に麻弥も思慮を巡らせたようだ。
「まぁ……言いたくないこともあるよね。私だって秘密にしていること、あるしね」
聞き出すことを諦めた麻弥は表情を明るく切り替える。裕貴に掴まれた侭の腕をちょん、ちょんと動かして「行こう」と言った。
しばらく無言が続いた。次に麻弥が口を開いたのは自宅の玄関を開いた時だ。
「ただいまー……げぇ……沙弥ぁ」
扉を開けたら沙弥が立っていた。毒蛇に睨まれたように麻弥が青ざめる。
「おかえり! 下澤くんの連行ご苦労様でした!」
「いやいや! 当然のことだから」
裕貴は麻弥の腕を沙弥に引き継いだ。
「なんか……犯人扱いされてない? 私……」
「まあ、あながち間違いじゃないね……。ほら、早く入って大人しくしてなさい」
優しく扱っていた裕貴とは真逆で、沙弥は麻弥の腕を引っ張って家の中に引き入れる。
「今日もありがとうね。下澤くん」
「バイバイ!」
「うん! また明日」
2人に別れの挨拶を済ませると天川家をあとにした。道路を少し進んで振りかえると2階の窓に明かりがつく。
今日を終えたようで安心するかと思えたが、裕貴のなかにあったのはそんな感情じゃなかった。
「これで解決………なわけ、ないよなーー」
直後電気が消えた。たぶん着替えを済ませただけだと予測できる。しかし
このまま2度とあの窓に明かりがつくことは無いんじゃないかーーそんな不安を感じていた。そしてその予感は的中する。
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