9月7日 2回目夜 (天川家)

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「ダメだよ。沙弥。下澤くんを巻き込んだら! 下澤くんは将来の夢を叶えるために文陽高校を選んだんだから。勉強の邪魔をしたら、ダメ」  やはりダメだった。捕まえていた手は麻弥に引き離されてしまう。階段を登っていく麻弥の背を見上げる。  裕貴と麻弥を交際されるのは沙弥の秘策だった。裕貴のことを愛している麻弥なら裕貴のために生き続けると思った。  それが失敗に終わって、新しい作戦も思い浮かばない。どうすれば……どうなれば麻弥は“生きたい”と思ってくれるのか……。 「……行かないでっ」  心をかき乱す感情が声になって吐露される。 「沙弥?」  久しく聞いていない沙弥の涙声。麻弥は足を止めた。 「行かないでっ! お姉ちゃん! お姉ちゃん行っちゃ嫌だ!」  溢れ出た感情は決壊するダムのように涙の大洪水が沙弥にもたらした。  麻弥が死んだとき、沙弥は時間を戻した。その事実をなかったコトにして やり直した。その回数は覚えていない。でも裕貴に助けを求める前からずっと繰り返してきたから、裕貴とは比べものにならないくらい、やり直した。姉の死に、直面した……。 「さ、沙弥!? どうしたの?」    麻弥は登ったばかりの階段をバタバタと降り、沙弥の頭を抱きしめる。麻弥は子どもをあやすように背中を優しく叩くが、沙弥は大きな声を上げて泣いたままだ。 「大丈夫だよー大丈夫だよー。お姉ちゃんが一緒にいるから。泣かない泣かない」  麻弥の温もりに包まれた。母親とは違う等身大の温かさ。きっと将来できる恋人とも違う、共に育ってきた麻弥にしかないもの。張り詰めていた心が易易と解されていく。沙弥は自分で制御できないくらい泣きじゃくった。 “魔法を使って過去に戻ればいい! そうすれば次こそは!”  これは麻弥が死んだとき考えていたこと。確かに過去干渉の効果で時間を飛び越え、死んだ麻弥本人にすら“死んだ”事実はなくなった。でも、魔法の使用者の沙弥だけは全部覚えている。   麻弥の遺体の冷たさも赤い血のニオイも、虚無を宿した瞳も……。 「わたしを置いて行かないで……」 「沙弥……」  大切な姉が居なくなるのを何度も何度も何度も体験して、その度に蓄積されてきた感情はとっくに限界を迎えていた。  麻弥は姉として妹の感情が落ち着くまで受け止め続けた。
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