9月7日 2回目夜 (天川家)

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「沙弥にはちゃんと伝えておこうと思ったんだよ。色々後押ししてくれたし、交際できたのは沙弥が未来を変えてくれたからだし」  麻弥は幸せ一杯のため息をした。どっぷりと幸せの粒子で満ちた階段に麻弥が座る。沙弥はその少し下に座り姉の姿を見上げた。 「だったら、何で……」  “自ら死ににいくのかーー?”  本人を前に口にするのは憚られた。苦々しく唇を噛む沙弥。麻弥はそんな妹の頭を愛おしく撫でる。 「きっと何度も私のために、泣いて、やり直してくれたんだね……」  沙弥は黙って頷く。それが麻弥には突き刺さったようで「ごめんなさい」と謝る。 「ホントに沙弥はお姉ちゃん想いの優しい子だね。私の自慢だよ」  頭を撫でる麻弥の手が粗っぽくなって沙弥の髪をくしゃくしゃにする。裕貴に向けるものとは微妙に違うが好きの気持ちが行動に現れた末の行動だ。  「だけど、ね……もういいよ」 「えっ?」 「もう、過去に戻らず未来へ進むべきだよ。ちゃんと人生を歩まないと」    頭を撫でていた手が止まる。そのまま頬に移動すると麻弥は沙弥の顔を自分と真正面から向き合わせた。   「麻弥のこと、諦めたくないよ」 「今まで何回やり直した? 私の未来予知を越えられないからこうしているんでしょ?」  麻弥は諭すように言い聞かせた。 「嫌……」  沙弥が何度も過去をやり直したところで、未来は変わらなかった。裕貴の力を借りても……。  受け入れられない沙弥は顔を横に振ろうとするが麻弥が許さない。ちゃんと目と目を向かい合わせさせた。 「いい? 沙弥の未来には幸せが一杯なの。ずっと一緒に育ってきたから言い切れる。沙弥は幸せになるべきなんだよ!」  麻弥が使う未来予知の欠陥は沙弥の未来が読めないこと。その結果、未来予知とは異なった未来に進んだことがあった。  でも、麻弥は確信していた。沙弥のことを1番近くで、1番観てきた麻弥だから「幸せになれる」と断言できる。魔法なんかなくとも自信を持って……。 「だったら! だったら麻弥はどうなの? せっかく下澤くんと付き合ったのに、こんなところで死ぬのが幸せなの?」    沙弥が真剣な眼差しで麻弥を見返す。この質問は真剣に返さないといけないと麻弥は深呼吸をした。 「幸せ、だよ。私の幸せは、私が死ぬ道を選んだ先にあるんだから、さ!」  屈託のない麻弥の笑顔。嘘や強がりじゃない。本心でそう言っている。  いつか麻弥が言っていた。『未来はたくさんの人の選択の上に成り立っている奇跡』だと。 「死ぬことが麻弥の幸せなの?」 「そうだよー。私が殺されて、数年後にくるのは皆が幸せを掴んだ未来。みんながキラキラした笑顔で、毎日を楽しそうに生きて、なによりーーーー」  麻弥が死を望む理由を知った。それはある意味では麻弥にとっての幸せなのかもしれない。けど、価値観が異なる人が聞けば「そんなことで死ぬな!」っと説教をしたくなる理由だった。
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