9月8日7回目(下澤裕貴)

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9月8日7回目(下澤裕貴)

 また、この日がやってきた。これで何回目の8日だったかーー?  裕貴は学校に行く電車のなかにいた。麻弥のことについて考えを巡らせたい。乗客が少ない鈍行電車に揺られている。  麻弥が消えないように立ち回ってきたが全部上手くいかなかった。諦めるつもりはなくとも、このままでは何回やっても同じことの繰り返しになるという予感はある。 「そもそも未来予知なんて反則だろ。未来を視て行動する人を相手にどーしろって言うんだよ……」  麻弥が魔法を行使すれば裕貴の行動は筒抜けになる。沙弥の魔法で過去に戻ったとしても、やり直した先の時間で未来予知されてしまえば意味はなくなる。  どうすれば未来予知に勝てるのかを考えたときパッと浮かぶアイデアは2つ。1つは麻弥が魔法を使えない環境にする。もう1つは魔法を使っても無意味になるように部屋に閉じ込めるとかーー。  魔法は特別な道具を使う必要なく身1つで行えるので止めようがない。閉じ込めるにしても麻弥が警戒していない数日前に戻り魔法が使われる前に閉じ込めなくてはいけない。更に麻弥が死なないと分かるXデーまで閉じ込め続ける必要がある。  どちらもナンセンスだーー。  裕貴は登校中も未来予知をくぐり抜ける方法を考え続けた。  例えば電車の扉が開いたとき、裕貴が何番目に降りるか。  例えば裕貴が何分後に校舎へ着くのか。  裕貴が意図して変えても、或いは意図せず変わったとしても、麻弥だけはその結果を知っているわけで、全知の神にすら思えてきてしまう。  碌な案が浮かばず電車を降りた。文陽高校の制服をきた人間が行列を作っている。みんな楽しそうだ。でも麻弥を救う手がかりすらなく万策尽きた裕貴はとてもそんな快活な表情になれない。気鬱な表情をしている裕貴だけが馴染めていない。  そしてまた沙弥から電話がかかってくる。麻弥を行かせない方法を話し合うための通話。沙弥が妙案を思いついたことを祈り応答する。 「もしもし? 麻弥さんを捕まえる方法を思いついた?」  裕貴は口早に聞いた。しかし、沙弥は無言で返す。 『………………』 「もしもし? 沙弥さん?」  呼びかけて耳を澄ます。ぐすんと鼻を啜る音がした。 『麻弥。今、登校した……』 「そっか。じゃ早く対策を練らないと……」 『そのことだけど。麻弥から死ぬ理由を聞いた』 「やったじゃん! 理由が分かったならそれを取り除けば……」  変だと思ったのは新しい活路が見えたような気がして浮かれてたときだ。沙弥が喜々として話していない。それどころか、さっきまでの裕貴以上に声が重い。 「理由は? 麻弥さんが死にたがる理由は、なに?」 『詳しくは言えない。でも麻弥は知っているの。自分が殺された先にある未来に麻弥自身の幸せがあるって……』 「なんだよ、それ! 意味がわからない! 死んでしまったら幸せも何もないだろ!」 『何が幸せかを決めるのは麻弥だよ。だから、もう終わりにしよう。麻弥が死んだあとを私たちは生きていくの』  沙弥が諦めてしまったら、過去には戻れない。どんなに苦しくても、後悔に溺れても麻弥が帰ってこなくなる。それは死刑宣告を下されたようなものだ。それほどまでに麻弥は大切な存在になっている。 「まだ! まだだ! 麻弥さんを止めらる」  裕貴は来た道を逆走した。沙弥が麻弥の意思を尊重する決断を下したとしても、今回だけはまだチャンスが残っている。 『今日まで協力してくれてありがとう。巻き込んでごめんなさい』  その言葉を最後に通話は終わった。      
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