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麻弥を乗せた車は市街地を走っている。
麻弥は明里の横顔をみた。テレビのアナウンサーで人気も上々。横顔もキレイに整っている。能力だけじゃなく、この容姿も人気を支える要因のようだ。
「なに? 人の顔をジッと見て?」
「べつに……」
麻弥はぶっきらぼうに答えた。反対側を向くと対向車とすれ違い、ヘッドライトの眩しさに目を細める。
麻弥も明里もどうしても叶えたい願いがあり、交わって計画殺人が生まれた。根幹的な部分が似ているのかもしれない。
無言のまま、明里は車を走らせた。しばらくしてマンションの駐車場へ入る。
「着いたわ」
廃墟というと失礼だが、老朽化はかなり進んだマンションだ。外壁の塗装は剥がれているし、植木は雑草に占領されている。ベランダの柵は腐食し折れている部屋もあり、ほとんどの窓に光は無い。空室ばかりのようだ。
その代わりセキュリティは昭和初期のレベル。監視カメラはないし、オートロックどころかホールの扉は開放されたまま。唯一の鍵は部屋についているものだけだ。麻弥との接触を知られたくない明里にとっては好都合。
エレベーターには『故障中』の紙。日焼けしているので壊れたのは最近の出来事じゃないだろう。
階段で最上階の4階まであがり、明里の部屋に入る。
「ここが私の部屋。と言っても住んでいるわけじゃ無い。大和田との密会に使っただけ。一応言っておくけど男女の関係は全く無いわ。この計画の打ち合わせに来ていただけよ」
「スマホとかパソコンで良くない?」
「大和田が逮捕されて記録を調べられたら困るでしょ」
部屋は和室だ。6畳くらいの部屋でカビくさい。畳は擦れて毛羽立っていて張替え時だ。
「お手洗いはそこ。お風呂は1日くらい我慢しなさい。それから、食事はそれよ」
部屋の片隅には電気ポットがあり、カップ麺が置いてあった。醤油と塩と味噌味が1つずつ。分かっていたが、実際目の当たりにすると落胆してしまう。
「人生最後の晩餐がカップ麺か……もう少し気を効かせてくれても良かったんじゃない?」
最後くらい贅沢な料理を食べたかった気もする。自分で作ることも考えたが冷蔵庫もなく食器類もない。食材や調理器具も置いて無いだろう。
「どうせ殺されるのだから何を食べても同じでしょう。むしろ用意してあげただけ感謝して欲しいわ」
明里は押し入れの襖を開けた。足枷と鎖だけが置いてある。
「足、出して」
「そんなことしなくても逃げる気ないけど?」
「そんなのわからないでしょ? 今更『ヤッパリ死にたくない』とか言って逃げられたら困るもの」
押入れは2段になっていて棚を支える柱が真ん中にある。鎖の反対側をそこに巻き付け麻弥の行動範囲を制限した。
「大声で助けを呼ぶかもよ?」
「無駄よ。3階と4階は誰も住んでいない、住んでいる連中は警察と関わりを避けたがる人ばかりだから」
明里のように後ろ暗いことをしている人が姿を隠しやすい場所ではある。それともただの牽制か。逃げるつもりのない麻弥にとってはどうでもいい話しだ。
「それじゃあ明日また迎えに来るから、おやすみなさい」
明里は玄関のブレーカーを落として帰って行った。
「カップ麺すら食べられないじゃん」
鎖の長さからブレーカーまでは届かない。電気が無ければ電気ポットは役立たずだ。今、沸いている分が冷めないうちに、手元が見えない真っ暗な部屋のなか手探りで作った。何味を引いたかは食べてからのお楽しみだ。
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