9月9日(天川麻弥)

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9月9日(天川麻弥)

 本もスマホもなくテレビもない部屋。それどころか電気も止まった何も無い部屋。脚に繋がれた鎖が部屋からでることも許さない。もし普通の人が今の麻弥と同じ立場に立たされたら寝るか畳の目の数を数えるくらいしかできず、退屈な時間にストレスを覚えていただろう。  しかし、麻弥は違う。麻弥には秘密の楽しみがある。未来予知を使った密かな楽しみ。高校を卒業して、大学をでて社会人になった未来の下澤裕貴を見ること。ただ、未来予知は遠くの未来であればあるほど見るのに時間と集中力が必要になる。この状況はうってつけだ。  麻弥の眼から涙がポロポロと溢れて畳を濡らした。  麻弥がこの世界から消えた1月後の世界で裕貴は墓の前に立っていた。もう幾度となく涙を流してくれたので、今更流す涙はないようだ。  それでも良い。少しだけでも死を悼んでくれたなら十分嬉しい。  それからもう少し先の、今年のクリスマス。大和田定信の逮捕は話題になったが、それ以上に水端明里が共犯として逮捕されたことでお茶の間に衝撃が走る。週刊誌からワイドショーまで“殺人を教唆してそれをスクープとして報道した女”が席巻してしまう。    大和田定信の異常な殺人をスクープして世間の奴らに一泡吹かせようとした明里の計画は、警察の捜査によって頓挫する。スクープする側がされる側に転落するという……まさにミイラ取りが何とやら、だ。
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