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麻弥の未来予知はより遠くの未来へいく。
高校を卒業して大学へ通い始めた頃、裕貴は“ミステリー研究会”というサークルに入る。このサークルに決めた理由は2つ。1つは高校の時にできた親友の浩一に誘われたから。もう1つは海外のミステリー本、しかも未翻訳のものが読めるから。翻訳家になりたい裕貴にとってはこの上ない環境だ。
それとこのサークルで裕貴は運命と出会う。
ーー冬野瞳という女性。
冬野出版社という大手の出版社の令嬢。彼女がいるおかげで海外の本が入手しやすくなっているし、裕貴とも同じ高校出身ということで意気投合する。2人が交際を始めるのは自然な流れに見えた。
始めてこの未来を視たときは腹立たしかった。嫉妬で狂いそうになった。
文陽高校ではマドンナとして羨望の眼差しを集め、大学に進学したあともミス・キャンパスに選ばれるような美人だ。オマケに社長の娘で正真正銘のお嬢様。
特に麻弥が1番悔しいと感じたのは、冬野瞳が裕貴の夢を後押ししてあげられる点だ。
幼い頃からの英才教育で英語は堪能だし、活躍している翻訳家と面会できるように手配したり、海外で出版された新作をいち早く裕貴にプレゼントしたり……。
親のコネだ!ーーなんて割り切ってしまえたなら気も楽だったに違いない。でも彼女はただのすねかじりじゃなかった。親の力を借りるために出版社で働き、編集者に頭を下げて回り、それを恩着せがましくしない。ひたむきで努力家。大和撫子といっても差し支えない素敵な女性。
裕貴のことが好きな麻弥にとっては2人で……二人三脚で夢を追いかける姿を見せられるのは面白くない。嫉妬の炎がメラメラ燃え上がった。
だけど、この先の未来で考えが変わる。裕貴は大学を卒業したあと翻訳の 仕事を始める。最初のころはポツポツ、と。僅かな仕事量しかない。でも続けるうちに評価され、信頼と実績を積み重ねて次々に仕事が舞い込んでくるようになる。翻訳家という職業に就き成功した。裕貴は将来、夢を叶えるのだ。
それだけじゃない。裕貴と瞳の努力はちゃんと実を結ぶ、プライベートでも、だ。仕事も新婚生活も順調で1年後には子供が産まれる。ーー元気な男の子だ。
おっかなびっくり裕貴が抱くと赤ちゃんは泣いて、裕貴はどうすれば良いか分からずオロオロとしてしまう。そんな姿を瞳は幸せそうに見つめたあと2人で赤ちゃんをあやし泣き止ませる。
その様子は正真正銘の“家族”だ。
麻弥は未来を視ることができる。未来が見えれば変えることもできる。殺されない未来に変えることだって、なんなら瞳じゃなく麻弥が伴侶になる未来だって選べたかもしれない。
でも、このときの赤ちゃんの穏やかな寝顔を、この一家の幸せを目の当たりにしたら選べるはずが、ない。
沙弥には「生まれてもいない子のために死ぬなんて大馬鹿中の大馬鹿!」っと罵られてしまったが……。
人の気配を感じた麻弥は未来予知を中断した。明里が部屋に入ってくる。どうやら時間らしい。
「もうあとには引けないわよ」
明里が冷えた声で宣告する。涙に流す姿を見て勘違いしたようだ。
「覚悟を決めなさい。」
覚悟ならとうの昔に決めた。新しい命の誕生に歓喜し、心より祝福していて、見ているだけでこんなにも温かな気持ちになる。
“素敵な家族……”
この家族が幸せでいられることは裕貴の幸せであり、裕貴が幸せいられることが麻弥にとっての至上の幸福。
この幸福を得るために麻弥は明里の指示に従い部屋の外へと向かった。
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