9月10日(天川麻弥)

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 ホラーは本来苦手な麻弥なのだが、この状況は未来予知でもう見慣れている。見慣れた光景に震えられるほどビビりじゃない。  大和田定信に連れて来られた部屋には床に六芒星が刻まれその中心には人形が柱に吊るされている。このお化け屋敷でも丹念に作り込まれた部屋。 「『かつて世界は混沌の時代だった。人が人を殺め、欺き、貶める。世界は呪いに満ちていた。世界の行く末を危惧した神々は混沌の原因たる魔を世界の底へ封印した。しかし、魔は滅んだ訳じゃない。魔はいつでも世界の底から世界を見上げている』」  大和田定信は中心へ向かう。暗記した文章をスラスラ読み上げる。演劇の序幕で入るナレーションのようだ。 「『故に負の感情を抱いたものは気をつけて欲しい。その感情は魔に魅入られた証』これは古書店で見つけた宗教本の冒頭の教えだ」  大和田定信は麻弥の手錠を前方に投げるように強くひく。その勢いで足が縺れた麻弥は六芒星の中に倒れ、その病児に膝を強打して顔を歪めた。  「いたた……」と膝を擦ると手にはベタつく感触。擦りむき出血している。「最悪……」と呟やいて、傷口を隠す。  麻弥が怪我をしたことに大和田定信は気づいていないようだ。彼の視線の先には柱に吊るされた人形。妙に精巧で見ていると胃の中を混ぜられたような気持ち悪さを感じる。 「この本は70年代に出版されたが直ぐに絶版になった。何故だかわかるか?」  この部屋の様相がその答え。そもそも未来予知で聞かされている。 「悪魔、儀式、生贄……」  大和田定信は吊るされた人形に近づく。何やら柱を触り出している。麻弥はその様子を見ながら答えた。 「そうだ。この本は神々への信仰を綴った本じゃない。悪魔信仰。悪魔を崇拝する人へ向けた本だ」  ドサリと吊るしていた人形が落ちた。大和田はその人形から手枷と足枷を盗る。動かない人形にはもったいないくらい頑強な枷。 「この本にはこうも綴られている『愚かにも魔の力を借り受けようとした者が神々から粛清を受けた。その者は魔の好物である若く美しく穢れのない女の血を捧げなかった。そのため魔が混沌をもたらすことはなく平和が続いている』と……」  大和田が人形から外した枷を持って麻弥の前に立つ。口角を吊り上げて笑う姿は薄気味悪く、麻弥は顔を強張らせた。
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