9月10日(天川麻弥)

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 腰を降ろし麻弥と目線の高さを合わせると大和田は麻弥の腕に枷を嵌めた。手錠は外されたがより強固に腕の自由が奪われ、動きも制限されてしまう。      手を動かすと枷と柱を繋ぐ鎖からヂャラっと音がする。重厚で重いがよくよく見ると細部まで細工が施してあり、半端ない作り込みだ。 「ここに揃っている道具も本を参考に作った。全てが召喚の儀式の成否に関わる重要なものだ、手抜きなんかない」  大和田自身、この儀式場の造りに満足しているようで、得意気に語る。大和田の作品は世界でも認められているが、ここまでのものを作ろうとすれば時間もお金もかかる。“竜宮城”という人目につきやすい場所を選んだのはそういった理由だったのかもしれない。      鼻高々に儀式場をアピールした大和田定信だったが、麻弥を見て顔色が悪くなる。   「血……血が……!」  青ざめた大和田の手が動く。麻弥は反射的に怪我を負った脚を動かす。痛みはあるが擦り傷程度。小学生だって我慢出来る。    1度目は大和田の手を逃れた。しかし、座ったままでは追いかけてきた大和田の手から逃れられない。 「やっ……」 「血……血がぁ! 血がっ! 血があ血……血がぁ! 悪魔に捧げる大切な血が無駄に流れているなんてぇ!」  大和田定信は掴んだ麻弥の脚を引っ張り寄せると傷口を舐めた。      「やめ、て」 ガッチリ脚を掴まれて逃げられない。狂った信者の血走った目はおぞましくも、不気味だ。現実に生きておらず幻想に生きている。人はここまで狂うほど信仰できるものなのか……。  血の跡を舐めて消すと大和田はフラリと立った。 「儀式だ……早く儀式を始めなくては……」  残っていた足枷が麻弥を拘束すると鎖が巻き上げられ柱に吊るされる。    消灯され室内は暗闇になる。いよいよ、この時が来た。裕貴の人生が最高のものになるための条件が揃うとき。 「常闇が世界を覆う。神の支配は終わりを迎え魔のものの世界が始まる。冥き闇は命を糧に生まれ、朱き罪は永久の欲望に誘われる。不滅の絶望は負の感情により人の世を飲み込む」  呪文だろうか? それとも教本の文を読み上げているだけだろうか?   よく分からないが、大和田は六芒星の各頂点に蝋燭を灯して回る。  これが悪魔を召喚する儀式らしい。結果からいえば召喚されるのは悪魔ではない。水端明里が密告した警備員それと頃合いをみて明里もスクープ映像を撮るためにくる。  ーー悪魔というオカルトに心を奪われた憐れな男は利用されていることを知らない。  6つの炎の煌めきが重なる場所にいる麻弥の前で大和田が止まる。変なマントを身に着け両手には本と短剣を持っていた。  ーー現代に起こった悪魔を召喚しようとした殺人事件。それをスクープする。明里と…………いや、明里たちの計画も利用されている。 「今、冥界の扉が開かれた。その姿を顕せ。処女の生き血を贄に我が願いを叶えよ。出てこいデーモンよ!」  大和田は短剣を高く掲げると首に狙いを定めて振り下ろした。  全ては麻弥が望んだ結末に落ち着いたーーーー。 「ぁぁあぁああああ! ぐっ……うううう……」  誤算があったとするなら刃物で斬られる痛み。視るのと体験するのとは違い絶叫が木霊した。  首筋から流れた血は体を伝い、足の指から床に刻まれた魔法陣へ流れ落ちる。床の溝を麻弥の命が満たすとき魔法陣の本来の姿が現れるのだろう。  そのとき扉が勢いよく開かれ懐中電灯の光が麻弥と大和田を照らす。 「おいっ! そこで何をやっているんだ!」  警備員がきた。  意識が薄れていくなかで、満足のいく結果だと笑う。 「今、救急車を呼んだからしっかりするんだ!」  警備員が張り上げた声も遠くで叫んでいるようにしか聞こえない。 「し……さわ、くん……。さや……」    ーーーーおやすみなさい。    
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