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「お客さん、本当にここでいいの?」
運転手の言葉はほとんど聞こえていなかった。お金を払ったあと傘もささずに歩く。運転手の「お客さん、お釣り忘れてるよー!」という叫び声は豪雨と強風の音に負けてしまったのか……裕貴は振り返ることもしないで、警官が仁王立ちする場所へと向かった。
「ここから先は立ち入り禁止です」
裕貴が近づくと警官が制止してきた。野次馬はおらず裕貴と警官が一対一で向き合っている。
「何があったんですか! 殺人ですか !」
「言えません」
「中に入れて下さい! 被害にあったのは“天川麻弥”じゃないですか? 彼女は僕の恋人かもしれないんです!」
恋人という言葉に警官の眉がピクリと動いた……いや、麻弥の名前の方に反応したのだろうか?
警官が無線で上の人間に指示を仰ぐ。無線でのやり取りは簡素で二言三言交わしただけで終わった。
「案内します。どうぞこちらへ」
立ち入りは許可されたが、肝心の情報はない。麻弥は生きているのか、それとも……。
「あのっ! 麻弥は無事なんですか? 殺されてなんか、いませんよねっ?」
「通報があったときはかろうじて意識があったそうですが、大変危険な状態で病院に緊急搬送されたと報告を受けております」
警官は静かに述べた。
確か職務規定で警官は傘を使えないんだったか? 警官が羽織った雨合羽の背中を見てドラマで観た知識を思い出していた。
“大丈夫。合羽かレインコートってだけで大きく人生変わったんだ。それに殺害される場所もわかった。次こそは……!”
奥歯がカタカタと鳴りそうになったのは、きっと雨で冷えたからで、涙を堪えている訳じゃない。だって、今回は上手くいかなかったものの、次に繋がる収穫はあった。だから、今は泣く必要なんてないはずなんだ。
案内された場所は大和田が手掛けたお化け屋敷の中だった。
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