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もう一つは卒業式の日だ。校門の桜の木の下で姉妹揃って並んでいた。
「卒業、だね……」
「卒業したね……」
二人はお互いの顔を見てクスリと笑った。
「卒業おめでとう、沙弥」
「卒業おめでとう、麻弥」
もう一度二人は笑った。喜んでいるようでもあり寂しそうでもある。卒業を惜しんでいるのか喜んでいるのか……はたまた両方なのか。裕貴には判断がつかなかった。
卒業生のなかでも異色を放つ二人の横を通り過ぎて校門を出る、その時だ。
「下澤くん!」
呼び止められた。裕貴に声をかけてきたのは妹の方沙弥。同じクラスで三年間過ごしたがちゃんと話すのはこれが始めてかもしれない。
沙弥が背中を押すと、麻弥はたたらを踏んだ。
「もぉ! 沙弥! 何するの!」
「もう卒業なんだよ、麻弥!」
「分かってるよぉ……」
麻弥は顔を上げた。ほんのりと頬を赤く染めて裕貴を見上げる。
「あのね、下澤くん……」
「ん? なに?」
「えっと……その、ね……」
歯切れが悪い。余程言いにくいことなのだろうか。嫌われるようなことはしていないはずだが……と裕貴は首を捻る。
「麻弥! ハッキリしなさい!」
背後の沙弥が両手でガンバれと拳を握ってポーズを取る。それに応えるように麻弥は頷いた。
「卒業おめでとう! またね!」
たった一言。それだけを太陽のように眩い笑顔で裕貴に伝えた。
「あ、ああ……。またな」
身構えていた裕貴としては余りにも普通の一言で、拍子抜けを喰らった。それだけに気の抜けた返事を返してしまったが、それでも麻弥は満足気だ。スキップでもしそうなくらい浮かれた足取りで沙弥のところに行く。
「帰ろう! 沙弥」
「ハイハイ! 麻弥が満足したなら帰ろっか」
裕貴の傍から二人が離れていく。舞う桜の花びらのなかを歩く二人の背中をボンヤリと眺めた。天川麻弥とは特別仲良かった訳じゃないのにもう会えないかと思うと心なしか寂しいような、胸が苦しいような不思議な気分だ。
この気持ちがなんなのか裕貴は考えた。振り返り手を振る麻弥の最後の姿を目に焼き付けながら、考え続けた。
考えに考え……そしてその答えを見つけることはできなかったーー。
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