映画館

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 沙弥が合流したのは映画が終わったあとだ。 「いやー、甘いニオイに釣られたらいつの間にか始まってて」  沙弥はドーナツの入った紙袋を掲げた。 「ってか、2人ともどうしたの? 顔、真っ赤だよ?」  裕貴と麻弥は沙弥に言われ心臓が飛び跳ねた。映画が終わってから2人の間に会話はない。この気まずい空気を作ったのはこの映画だ。エログロのジャンルからグロの要素を抜いたような内容で、付き合ってない男女が2人で観れば、現在のような気まずい空気になるのは必然。 「もしかして、暗闇に乗じてチューしちゃった? チュー」 「ちょぉぉ! 沙弥! 何を言ってるのぉお!」   麻弥はただでさえ赤かった頬を更に紅に染め、沙弥の肩を掴んだ。 「そうなの? 2人とも赤い顔してたから」  「バカじゃないの! 映画観たくらいでキスできるなら灰色の中学生活なんて送ってないよ!」  中学時代の麻弥はもっと静かでお淑やかなイメージだったが、沙弥とのプライベートだと案外そうでもないらしい。  素の麻弥を見れた気がして嬉しくなった裕貴は横から口を挟んだ。 「キスしたいと思った相手いたの?」  天川姉妹はモテていたから経験済みだと思っていたが違うらしい。 「失言…‥忘れて……」  ウッカリと口を滑らせた麻弥は沙弥の肩を掴んだまま固まった。  中学生なのだから好きな相手くらいいても不思議じゃないのだが、良い気分ではない。雰囲気を壊してはいけないので顔にでないように取り繕った。 「誰…‥? 池田とか?」  とりあえずサッカー部の主将の名前を出してみた。バレンタインにチョコを沢山もらったと言っていたので、可能性はあるだろう。 「好きな人はいないってば! さっきのはただの言葉の綾だよ」    麻弥の死を回避するために、裕貴が恋人になること、それが沙弥の提示した作戦だ。なので、この言葉の真偽は極めて重要と言える。  ……決して裕貴自身が知りたいからではない。      
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