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高校(天川沙弥)
高校に入学してから10日が過ぎた。天川姉妹の通う小海高校は電車を乗り継いだ先にある。春の風でさざ波をたてる広い、広い群青の海。その海沿いの街の中に建設されたばかりの新築の校舎は建っていた。
沙弥は大きな口を開け「ふわぁ」っと欠伸をした。
「寝不足?」
呆れ顔の麻弥が言った。「だらしない」っと言いたげなため息もセットにして。
「うん。下澤くんと遅くまでやり取りしてたから」
麻弥の手から上履きが抜け落ちた。黒くて大きな瞳が揺れており、動揺を隠し切れていないのは一目瞭然だ。
「なに? 麻弥はメッセージのやり取りしてないの?」
「してるっ! してるよ!」
慌てて裕貴とメッセージをやり取りしていると訴えた。しかし、すぐにトーンの下がった声で「おはようとか、おやすみだけ」っと付け加えた。
「挨拶だけで続いてるのは、ある意味凄いよ?」
普通、用があるからメッセージを送る訳で用もなく挨拶だけを送りあったりしない。
「だって送るのを止めたら繋がりが切れちゃいそうで怖いし……」
「じゃあ、何でも良いから話題を振りなよ……? 『学校慣れた?』とかで良いから」
「分かってるよ! 『麻弥さんとのメッセージは楽しいな』って思ってもらいたいもん! あっ……し、下澤くんに限らずだよ!!」
階段を昇る麻弥を少し上から見下ろす。完全に恋する乙女の表情。一応、本人は隠しているつもりらしいのだが、恋に関しては“天川麻弥”という容器は透明な硝子だ。
「因みに、因みに…………沙弥は下澤くんとどんな会話してるの?」
恐る恐る麻弥が尋ねる。
「それは、内緒だよ!」
沙弥はリズミカルに階段を登り終えると教室へ向かう。後ろから麻弥が「教えてよー」っと言っているが、手を振って教室の扉を閉じた。
「ったく……。教えられる内容じゃないってーの」
裕貴とやり取りしているメッセージの内容は“麻弥と裕貴を交際させること”。それを本人に伝えるわけにもいかない。
机に鞄を置くとそのまま項垂れた。
「ハァ……。ほんとーに厄介……」
裕貴と麻弥を交際させることは早い話し……麻弥の恋を成就させること。裕貴が麻弥のことをどう想っているかは定かでないが、恐らく好きだと思う。ただ裕貴本人にその自覚はないようだし、麻弥は麻弥で頑なに認めようとしない。
この2人を交際させるのは厄介極まりない。
「どーした、どーした? 朝から元気がないぞー」
ハツラツとした声に顔を上げると、悩みなんて無さそうな笑顔で栗林佳子が立っていた。
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