高校(天川麻弥)

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高校(天川麻弥)

 教室はいつだって騒々しい。工事現場で重機が相撲をしているようなけたたましさだ。  教室の後ろで1人の男子生徒を複数の生徒が囲んでいる。囲まれた生徒は力士のように大きな体を小動物みたく震わせていた。 「ぬーげ! ぬーげ!」 「ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ!」 「ぬーげ! ぬーげ!」  囲んでいる生徒の唱和が始まった。 「おねがいします。許してください」  小学校のときも、中学校のときの教室も決して静かだったとは言えない。けど、決して居心地の悪いものじゃなかった。皆が楽しそうに笑いあっていた。だから、今のクラスの騒々しさは大ッキライだ。 「おねがいします。許してください」  今にも泣き出しそうな声。大和田俊之は必死に訴えるがそれを聞くような連中じゃない。 「許すわけねーだろ! 5万持ってくる約束だったじゃねーか」  聞いた話しによると彼らは中学校から、ああいう感じだったそうだ。どちらにせよ、これ以上このばか騒ぎを聞いていたくない。    麻弥は鞄からイヤホンを取り出すと耳に蓋をした。シンガー・ソングライターの歌が大音量で流れる。これで嫌な雑音が聞こえない。  聞く必要はないーーーー。  関わる必要はないーーーー。  麻弥は他の生徒たちと同じように見てみぬふりをする。未来予知の魔法を使えばイジメられっ子を助けるくらい 訳ない。  でも、いやだからこそ麻弥は手を貸さない。  魔法は強大な力で人の人生を簡単に狂わせてしまう。良い方にも、悪い方にもーー。そして、転がった先の人生に麻弥は責任を持ってあげることができない。    故に麻弥は魔法を自分のためにしか使わない。責任を持てる自分の人生を豊かにするためだけに使う。 「分かってる? 沙弥……」  麻弥は正直、疑っている。沙弥が裕貴に“魔法をかけたのではないか”っと。あの映画の日のことだ。座席の件、それに映画館で偶然会ったこと自体、沙弥が魔法をかけて仕組んだんじゃないのか……っと。  麻弥の小さな声は教室の喧騒に飲み込まれて消えていく。大きな大きな流れに抗えないのは道理で、人生だって例外じゃない。  沙弥が行使した魔法で、裕貴の人生はあらぬ方向へ動き出した。それが幸せなものになるか、不幸せなものになるか、まだ未確定ではあるが少なくとも大きく動いたのは間違いない。    
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