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GW前夜(天川姉妹)
麻弥はドアを開けた。
「ただいまー」
家の中は灯りが1つも点っていない。両親は共働きで帰りが遅く沙弥がいないとガランとした家に一人きりになる。
リビングに鞄を置くとその足で冷蔵庫へ向かった。しっかりと冷えたミネラルウォーターを取り出す。閉めた冷蔵庫の扉には料理当番表が貼ってあり、矢印は沙弥の名前を指していた。
「もう……」
沙弥はまだ帰ってこない。袖を捲くると玉ねぎやソーセージを炒め、卵で包むとオムライスを作った。フライパンを洗っていると玄関のドアを開く音が廊下の奥で響く。
「ただいまー」
肩を落として疲れた様子で沙弥が顔を覗かせる。
「つかれたー。あっ、良いニオイ!」
「良いニオイ! っじゃないでしょ。今日は沙弥が料理当番でしょ?」
「まーまー、そう怒らない!」
沙弥は添え物のプチトマトを摘まみ口へ運ぶ。
「毎日毎日大変なんだよー。花火がよく見える絶好のポジション探すのも」
沙弥はテーブルに項垂れた。オーバーリアクションで疲れたアピールをするが、表情は楽しげだ。
「花火? 小山海祭の?」
「そう」
「祭りはまだずっと先でしょ。楽しみにしすぎじゃない」
「しょうがないでしょう? 麻弥と下澤くんが2人キリで花火を楽しめる場所を探しているんだもの。時間はいくらあっても足りないわ」
麻弥は“過去に戻れるのに?”と言う言葉を飲み込んだ。その代わり茶目っ気のある笑い方をしている理由について問い詰める。ただ言い方は非常に柔らかい。尋問すると言うよりも内心を隠すために敢えて言っているような感じだ。
「全くまた悪巧み?」
麻弥は沙弥に背を向けて冷蔵庫へ向かった。中から取り出したのはプリンだ。それとスプーンを沙弥の前に置いた。
「前から言ってるけど、私、下澤くんのことが好きってわけじゃないよ」
ため息混じりの口調で麻弥が言う。しかし、その言葉を発した唇は完全に緩みきっている。沙弥は露骨な嘘に呆れて物も言えない。いや、むしろ嘘をつくならもう少し口元を引き締めろと言いたそうだ。
沙弥は目の前のプリンを指さしながら聞く。
「ふーん……じゃあコレは?」
「たまにはお姉ちゃんらしく疲れ気味の妹に優しくしただけ……他意はないわよ?」
頑なに裕貴への気持ちを認めない麻弥なりの御礼だろう。沙弥は厄介な姉だと苦笑いした。
「ありがとう。ところで麻弥、明日からの予定は?」
麻弥は沙弥の向かいに座った。オムライスの隠し味に使ったチーズのニオイが鼻腔をくすぐる。ややチーズの香りが強く入れ過ぎたかもと反省しながらスマホのスケジュール帳を開いた。
真珠のように白いスケジュール帳をテーブルに置くと沙弥が覗き込む。
「うっわ! 麻弥、もしかして友達いないの?」
「失礼極まりないな! 友達くらいちゃんといるよ」
「でも真っ白じゃ……あっ!あーー!
麻弥の言いたいこと分かったけど自分で誘いなさい!」
「えーー!」
「少しは積極的にならないと他の人に取られるよ」
「むぅー。分かってる!」
妹から説教をうけた姉は口先を尖らせた。麻弥は嘴のように尖った口へ荒っぽくオムライスを運ぶ。ペロリと平らげて、空いた皿を片付けた。
「いいもん! いいもん! 沙弥が協力してくれなくても会うことくらい簡単なんだから!」
麻弥は心を落ち着かせ、集中する。すると景色が白で塗りつぶされ始めた。未来が見える前兆だ。そう、あとは集中力を維持するだけで、明日から始まるゴールデンウィーク。連休中の裕貴の姿を見られる……そのハズだったーー。
「麻弥って未来ストーカーだよね」
「へっ?」
沙弥の放った鋭い一言。それにより麻弥が築いた集中力は紙切れのように斬り裂かれた。元に戻った風景のなかで沙弥は美味しそうにオムライスを食べている。
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