GW前夜(下澤裕貴)

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 100円均一に来た。閉店間際ということもあり裕貴以外に客はいない。 「合羽? レインコート? どう違うんだ? まっ、いっか」  とりあえずレインコートを買った。どうせキャンプのときしか使わないのだから合羽でもレインコートでも、雨をしのげればいい。  店を出たところで自転車の前に誰かが立っている。自転車ドロボー? っと頭の中に一瞬過ぎった。僅かな間だが2人の時間が硬直する。裕貴が対応する前に真っ黒な人影が不意に叫んだ。 「下澤くん!」 「沙弥さん?」  影の中から可愛い少女が出てくる。まるで世界終焉に舞い降りた天使みたいで映画のワンシーンになりそうだ。 「夜に女の子1人で危ないよ」  意識していないのに口をついて出た。沙弥は驚いた顔をしたあと、直ぐに笑った。 「麻弥じゃないのに心配してくれるんだ?」  もしかしたら、麻弥が殺害されることを知っているから沙弥のことも重ねてしまったのかもしれない。   「半年後のことを知っているから。犯人が麻弥さんと沙弥さんを間違えるかもしれないし」  裕貴の指摘に意表を突かれたのか沙弥が目を見開いた。そしてお腹を抱えて笑う。 「あははははは! 考えてもみなかったよ。そうだね、両親だって見分けがつかないんだもの。犯人が私たちを見分けられる訳ないよね」  麻弥と沙弥。凄く似ていると思っていたが両親にも見分けがつかないほどだとは……。 「でも私は大丈夫。下澤くんは私の秘密を知っているでしょ? でも心配してくれたのは嬉しいよ!」  沙弥が言った秘密とは魔法のことだ。確かに過去の記憶に干渉できる沙弥の魔法なら事件が起こる前の記憶に干渉し、未然に回避できてしまう。やはり沙弥の魔法はかなり強力で利便性に優れている。 「それよりも!」    話題を切り替えるべく、沙弥は声を張った。 「麻弥がようやくメッセ送ったんだね!」 「ああ。合羽を持って行った方が良いって」  裕貴は買いたてホヤホヤのレインコートを見せた。沙弥はホッとしたような、笑いを堪えるような微妙な顔になった。 「やっとマトモなメッセージをしたと思ったら……」 「でも、もし本当に雨が降るんだとしたら助かるけど」 「そうだけど、私的にはもう少し違う内容のメッセージをして欲しかったかな」  沙弥が望んだのはどんな内容なのか裕貴には想像がつかない。裕貴との交際を望んでいるから、それに関することだとは思うが今回のメッセージでも裕貴からしてみれば嬉しい。 「まあ、でもこれで麻弥さんとの挨拶メッセージから抜け出せるし」 「そう、だね。麻弥のためにも……下澤くん。これからはもっと積極的にお願いしていいかな?」  沙弥の面持ちが神妙になった。きっと沙弥はこれを言いにワザワザ来たのだろう。 「それは良いけど、本当に麻弥さんと付き合えるの? このペースで本当に間に合うのかな?」   裕貴の中には不安が積もっている。限られた時間は確実に消費されているにも関わらず、麻弥との関係はほとんど進展がない。交際するなど夢のまた夢に思えてきた。   「分からないというのが正直なところ。現実はゲームと違って選択肢を選んで好感度をあげる訳じゃないから」  その点は裕貴も重々承知している。沙弥が積極的に魔法を使わないのも、あくまで現実の恋愛をしろっということなのだろう。 「もしも、間に合わなくても上手くいくまでやり直すから。下澤くんは上手くいくって信じて!」 「分かった。家まで送るよ。遅いし」 「せっかくだし、お願いしようかな?」  沙弥は徒歩で来たみたいだ。裕貴は自転車を押し沙弥と並んで夜道を歩き始めた。
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