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5月1日(天川沙弥)
リビングの窓から見えるのは寂しい庭だ。特別広いと言うわけではないが、車が5,6台は楽々と駐車出来るくらいの広さはある。だが、そのスペースを有効に使っているかと言えばそうではない。母と父が通勤で使う車が2台停まっているだけ。美味しい果実が実る木も色鮮やかな花を咲かせる植物も、ましてや宝石のような錦鯉が泳ぐ池なんてものがある訳がない。つまるところ、庭にはなにもない。
だから麻弥が庭を見ていても別のことを考えているのだと容易に想像がつく。
「何を考えているの?」
沙弥は麻弥の背後から忍びより声をかけた。洗いたての髪はまだ濡れていてシャンプーの香りがする。
「雨」
「雨? 晴れているけど?」
沙弥は夜空を見た。満月が大きく輝いている。沙弥のわざとらしい演技が気に入らなかったのか、麻弥は拗ねた。
「分かってやってるでしょ?」
「ハイハイ、ごめんねー。キャンプでしょ? キャンプ」
麻弥はコクンっと頷いた。ちょっとだけ違和感を覚えたのは裕貴のことを話す麻弥の顔だ。いつもの緩みきっただらしない顔にならない。
「雨、気になる?」
「うん。未来って些細な出来事で決まっちゃうから」
未来は無限に広がっていて、その中からどんな未来になるか……。そう聞けば大仰に思うかもしれない。でも、そうじゃない。未来を決めるのは些末なことだ。
例えば、そう。
ーー明日の草むしり、やりたくないから雨が降って中止になればいいのにーー。
そんな何気ない願いでいい。そんな小さな願いでも未来を決定してしまう。
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