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5月1日夜(下澤裕貴)
BBQと聞いてテンションが上がらない男なんて男じゃない。キャンプ初日の晩飯は田沼によるBBQで盛り上がっていた。業務用スーパーで大量に仕入れた安い肉。碌な保冷設備のないキャンプ場で生肉を保管するのは食中毒の危険を伴う。なので全部消費しておきたいがこのペースなら問題なさそうだ。
「先生! おかわり!」
「俺らの班にも肉追加!」
肉の追加を求める声があっちこっちから上がる。田沼の手が追いつかない勢いで見かねた生徒が助っ人に入るくらいだ。
「いやぁ、盛況だねー」
繁盛する炊飯棟を見て言うと紙皿に乗せていた肉に浩一がかぶりついた。市販の焼き肉のタレがポタポタと皿の上に垂れる。
「浩一。服に着くと染みになるぞ」
裕貴が注意するも所詮学校指定のジャージ。多少の染みなんて気にしないと食べる勢いを衰えさせない。
「そういう裕貴だって顎にタレがついてるぞ」
「この暗さじゃ見えないだろ」
日が落ちてから突然雲が出てきた。昼間はあんなにキラキラしていた空は見る陰もなくなった。山の天気は変わりやすいというが本当らしい。
小さなランプの明かりに照らされながら裕貴も次の肉を口に運ぶ。炭火で焼いた肉は口に入れた瞬間から風味が違う。これが安物の肉だとは信じられない。
その瞬間、稲妻のように鋭い光が裕貴を襲う。その光の正体は浩一のスマホ。もっと細かく言うならカメラ機能のフラッシュだ。
「これで見えるだろ?」
「写真撮ってまで確認する必要ないだろ!」
「記者志望のオレはスクープを逃したりしないのだぜ!」
「だぜって……。スクープですらないだろ!」
裕貴を含めBBQと美味しい肉が育ち盛りの男子高校生を熱狂させていた。ヒートアップした彼らに文字通り水を挿したのは小さな雨粒だ。
「雨だ……」
裕貴の伸した手に雨が当たる。それは5月にしては冷たい、まるで雪のような冷たい雨だ。
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