5月1日夜(下澤裕貴)

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 土砂の津波が止まっても、雨音だけは変わらず鳴っていた。生き物の声も聞こえない死へと変貌した森の中で雨音以外にもう1つ別の音が鳴っている。  これはーーカメラのシャッター音 「うっ……」  裕貴はフラッシュの光とシャッター音で目を覚ました。意識が朦朧とする。裕貴に体を動かすだけの気力はないし、万全の状態だとしても体の半分は土砂に埋まっていて動けそうにない。 「ま……やさん…………」  裕貴の声はそよ風に流されてしまいそうなほど弱々しい。声が届かなかったのか返事はない。裕貴はイヤホンに耳を澄ませるとどうやら通話が切れてしまったようだ。土に埋もれ電波が届かないのか或いはスマホが壊れてしまったのかもしれない。  またフラッシュの閃光が走った。 「だ……れか……」  裕貴は力を振り絞って呼びかけた。通路の真ん中で人影が動く。土砂と天井の間を中腰の姿勢で近づいて来たのは浩一だった。右手にはスマホが淡く光っている。 「裕貴! 裕貴! 良かった! 生きていたんだな! 良かった!」  浩一が今にも泣き出しそうな顔になった。ぐっと涙を堪えた顔で裕貴に笑いかける。 「待ってろ! 救急車はよんであるからもう少しの辛抱だ」 「ああ……」 「悪いな。掘り起こしてやりたいが腕がコレだから」  浩一の右手は折れて骨が飛び出している。けどそれ以外に大きな傷はなさそうだ。途中で聞いた卵の潰れるような音が浩一から出た訳じゃなくて本当に良かった。    浩一が生きてくれていて良かった。  死ななくて良かった。  裕貴の意識は再び途切れた。      
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