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5月7日(天川姉妹)
アルコール消毒のニオイに満ちた病院の廊下。天井も壁も床も真っ白で清潔感に溢れている。
天川姉妹はお揃いのセーラー服を着てお見舞いに着ていた。看護師や患者が頻繁に彼女らを見る。
それは同じ顔で同じセーラー服を着ているからドッペルゲンガーに思えたのかもしれない。
それは2人が他人の視線を奪ってしまうほどの美少女だからかもしれない。
それは授業を受けているはずの時間にお見舞いに来ているからかもしれない。
本当のところは分からないが、どんな理由であろうとも彼女らは気にしない。
今、沙弥が気にしているのはお見舞いのプリンを大切に運ぶ麻弥だ。
「何を考えているの? 麻弥」
「んー。男の子なら花より食べ物の方がいいかなって。やっぱゼリーの方が良かったかな?」
ゴールデンウィーク中、沙弥は何度もこの質問を投げつけた。その度麻弥は今みたいに誤魔化してきた。
「私が聞いてるのはお見舞いの品のことじゃない! なんで土砂崩れのこと、言ってくれなかったかを聞いているの!」
沙弥も良くないことが起こるのは麻弥の反応で分かっていた。それを沙弥にいつどのタイミングで起こるかを麻弥が伝えていれば、沙弥の魔法で過去に干渉して、災厄を回避できていた。
沙弥の質問に麻弥は答えない。沈黙を貫いたまま廊下を進む。
「ねえ! 麻弥!」
もう1度呼びかけると麻弥は立ち止まって沙弥の顔をみた。
「沙弥、え・が・お!」
もう着いてしまったようだ。麻弥はドアをノックして病室に入る。
1番奥の、日当たりの良い窓際のベッドに裕貴はいた。ベッド脇のテレビは報道番組が放送されている。
内容は『高校生を載せたバスが土砂崩れに巻き込まれる。死者32人 重軽傷者54人』
裕貴たちのことが報道されていた。水端明里というアナウンサーが独自に手に入れた現場写真が映される。
写真を見た瞬間、自然の脅威が本能的な恐怖となり魂に刻み込まれる。外部から映した2台の巨大なバスが泥に潰され無惨なものになっていて、内部を映した写真はところどころ不自然に黒く塗りつぶされていた。その黒く塗りつぶされものが何かは誰も尋ねない、否、尋ねてはいけない。
麻弥は足早に進むとテレビを消した。
「あっ……麻弥さん! それに沙弥さんも。来てくれたんだ! ありがとう」
「こんにちは」
「思ったより元気そうで良かった」
裕貴は頭に包帯を巻き、左腕はギプスで固定してあり左足も同じだ。
「あははは。木の枝が刺さって死にかけたけどね」
裕貴は腹の当たりを右手で指した。
「麻弥さんが鞄を抱いているように言ってくれたから。鞄がクッションになってくれたから致命傷にはならずに済んだよ。ありがとう」
買ってきたプリンを裕貴に渡した。裕貴の指先に促されるまま麻弥と沙弥はベッドの隣に座る。
「お礼なんて……。私は大したことしていないよ」
沙弥は隣で麻弥が普通に話していることに驚いた。思い返せば先程も躊躇なく病室の扉を開いている。これがメッセージもまともに出来なかった人間だとは……。
“麻弥、成長したね”
沙弥は心の中で姉の成長を喜んだ。
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