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メッセージの差出人は裕貴だ。沙弥は麻弥に先にロビーで待ってて欲しいと伝えると、また裕貴の病室へ入った。
1番奥のベッドで裕貴が待っていた。重傷で不自由な状態ながらも沙弥に頭を下げる。
「頼みがあるんだ!」
「なに?」
「中学の卒業式のときのように時間を戻して欲しい」
窓から暖かな風が流れてくる。カーテンが揺らされ、沙弥の髪も靡く。
「キャンプの時に戻れれば……バスの出発を遅らせることができれば誰も死ななくて済むかもしれない」
裕貴の右手が後悔を握り締め真っ白な布団の上で震えた。
「違う……。言いたいのはそんな事じゃない! 麻弥さんは合羽を持って行くようにアドバイスをしてくれたのに……。魔法を使ってまでアドバイスをしてくれたのに。それを僕が台無しにしてしまった」
人生は他愛もない選択肢ばかりだ。この交差点を曲がって帰るか、それとも次の交差点を曲がるか……。
選択の結果が大きく変わるなんて殆どない。今回はたまたま運が悪く引き当ててしまった。そう言ったところで裕貴の後悔は消えないだろう。
「1つ聞いていいかな?」
「なに?」
「私が魔法を使う前、麻弥が死ぬ未来のときはどうだった? 土砂崩れがあったってニュースを見た覚えはないけど」
「あの時は雨も降らなかった。雲もない晴れが続いた」
「そう」
麻弥の言った通り裕貴の人生は随分と別のものになったようだ。でも、例えこれが裕貴にとって間違いだらけの人生になったとしても、沙弥は絶対に後悔しない。
麻弥を救えるのは裕貴しかいないのだと信じているから。
「いいよ。元々私もそうするつもりだったから」
「……ありがとう!」
「あっ! でもその前に……」
沙弥の視線がプリンの箱を捉える。
「麻弥が下澤くんのために選んだものだから、食べてあげて」
裕貴は腕を骨折している。沙弥は代わりに開封してスプーンを渡した。麻弥が洋菓子店で「口溶けが滑らかで食べやすいから」っと言っていたプリン。裕貴の体を本当に心配していたのがよく分かる。
“ちょっとだけ怒っている”
さっきの麻弥の台詞がフラッシュバックした。麻弥が本気で裕貴のことを心配しているのを感じ取り『ちょっとだけ』の理由が何となく分かってしまった。
きっと怒りの大半は麻弥自身にむけられているのだろう。
「美味しいよ、このプリン。沙弥さんも食べたら?」
「それは、下澤くんのだから。食べたら麻弥に怒られる」
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