5月7日(天川姉妹)

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 裕貴が食べ終わったタイミングで沙弥の瞳が輝き出した。麻弥には申し訳ないが裕貴はこのプリンの味を忘れてしまう。全身が壊れかける痛みも友人が亡くなった悲しみも死にかけた恐怖も覚えていても辛いだけだ。    「沙弥さん、僕の記憶も過去へ持って行きたい」  それでも裕貴は記憶を持って行くことを選んだ。 「いいの? 知人の死や恐怖なんて忘れた方が幸せだよ。1度キリの人生だから幸せな記憶で1杯にした方がきっと幸せ……」 「分かっている。でも忘れたくないこともあるから」  沙弥は魔法の範囲を拡大させた。中学卒業の日と同じく裕貴も光に包まれた。 「何かいいことあった?」  裕貴が見せた表情は今まで見せたことのないものだ。安堵しているような、温かいような、慈しんでいるような、慕っているような、楽しんでいるような……。    沢山の幸せになる感情を集めたものを、きっとそういう感情を人はーー。 「麻弥さんの声ーー。死ぬかもしれないって状況だったのに、麻弥さんの声はしっかり聞こえていた。それがなんて言うか…………こうーー、ゴメン、上手く言えないや」 「良いよ。無理に言葉にしなくても伝わった!」  沙弥の見立ては正解だった。裕貴は麻弥のことを“愛している”。今まで自覚のなかった裕貴だけど、その感情に“愛”という名前を当てる日も近いだろう。 「でも、平和な日常に戻ったら考えてみて。麻弥に感じたその気持ちが何なのかを、さっ!」  その瞬間、沙弥の魔法は発動した。沙弥の摩訶不思議な力に導かれ現在の記憶が過去へ遡る。過去の当人に上書きされた記憶は非常に弱々しいもので、蜃気楼のように消えてしまいそうだ。  けど沙弥の魔法で過去へ戻った記憶があれば、蜃気楼は現実のものへ変わる。  裕貴は閉店間際で客のいない店にいた。手にはレインコートを持っている。 「っと、これはレインコート。買うのは合羽」  裕貴はレインコートを商品棚に戻した。    
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