11人が本棚に入れています
本棚に追加
ドアにはデコレーションされた看板がある。麻弥の名前がローマ字で書いてありビーズやラメで華やかに飾られている。
「まーやーー! いーるー?」
ノックしながら呼んでみた。いつもなら「うるさい」って怒りそうだ。けど、いつまでたってもドアが開かない。もう1度ノックしてみるが中からの応答はなかった。
出かけたのか? 一応ドアノブを捻ってみる。鍵がついていないので抵抗なくドアは開いた。
窓際から差し込む光の中で麻弥はうたた寝をしていた。
「ふむ……」
足音を殺して忍び寄った。ベッドに背中を預け、足を投げ出している。緩めのTシャツにショートパンツ。極めつけは唇から涎が垂れていて、とても異性には……ましてや好きな人に見せられるような姿じゃない。
せっかくなので沙弥はスマホのカメラを起動した。進化を続けてきたカメラが高画質で麻弥の恥ずかしい姿を記録する。
「ん………あ、沙弥……って何撮ってるのよ!」
シャッター音で目を覚ました麻弥は、撮影されていたことに気づいた。呆れたというかまだ眠気が抜けきっていないようだ。文句は言いつつも声に迫力がない。
「夜ふかし? 連休だからって生活リズムを乱したらダメだよ!」
「どの口がそれを言うのよ! ちょっと一昨日からあんまし寝れなかっただけ」
半開きの瞼をこすりながら麻弥が言った。一昨日と言えば思い当たる節がある。
「もしかして土砂崩れ?」
沙弥の言葉で麻弥の眠気は一気に爆散した。“何で知っているの?”と言いたげな顔を見せたのは刹那。直ぐに察した。
「そう。起きたんだ、土砂崩れ。何日目?」
沙弥の背筋に寒気が走った。何日目と聞いたということはこの3日間、裕貴は土砂崩れの危険と隣り合わせでキャンプしていたことになる。
「初日の夜……。酷い状況だった。沢山の人が亡くなって大怪我をして」
「そっか……。沙弥が戻してくれて良かった」
「麻弥は頑張ったよ。下澤くんを助けようと必死なって電話して……。入院中には毎晩のように泣いて」
未来が変わった以上、もう見ることの出来ない麻弥の弱りきった姿を思い浮かべる。レアな姿だがあんな姿はもう見たくない。どうせ見るなら辛そうな姿より幸せそうにしているレアな姿だ。
「沙弥は凄いよ……。私は未来が見えても沢山の人を犠牲にした。でも沙弥は誰も死なせずに未来を変えた」
「それは麻弥が運命の分岐を教えてくれたから。その証拠に下澤くんからお礼が来ているよ。まっ、下澤くんにそのときの記憶はないから“合羽を持って言った方が良い”ってアドバイスへのお礼だけど」
裕貴からのお礼と聞いた瞬間、忠犬になった。オヤツを前に“待て”がちゃんと出来るワンコ。今なら耳とぶんぶん振り回される尻尾が麻弥に見えそうだ。
最初のコメントを投稿しよう!