5月30日(下澤裕貴)

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 待ち合わせは映画館だ。春に一緒に映画を観た場所。今日は映画を観る予定はないがここのフードコートはガッツリ系からお洒落なデザート系まで揃っている。ここなら高校生の財布にも優しく、大ハズレすることはないハズ。  館内に入って直ぐの大時計の下で天川姉妹を待った。呼び出しておいて待たせてはダメだと早く出てきたのは裕貴だ。なのに、大時計の針の進みが遅いのがもどかしい。  時間を確認しては残り時間の長さにゲンナリとして行き交う人をボンヤリと眺める。この流れを何度か繰り返した。  館内の雰囲気がガラリと変わったのは目を閉じても大時計の形状を寸分違わず思いだせるくらい、大時計を見たときだ。  麻弥と沙弥が談笑しながら入ってきた。ブラウン系統の服装で落ち着いた雰囲気を作っているが腰のところには大きなリボンが着いていて可愛らしさも忘れていない。2人は同じ服装で、全く同じ歩幅で歩いている。姿見が隣にあるのだと言われれば信じてしまいそうだ。  裕貴は服装が乱れていないかと身だしなみを確認する。襟も裾も整っているなっとチェックしたところで、沙弥と目が合った。  沙弥は麻弥に小悪魔的な笑みを見せると、裕貴に向けて手を振った。すると麻弥も裕貴に気づき慌てて沙弥に追随して手を振ってきた。 「何か話してるっぽいな……」  会話が聞き取れる距離ではないが、麻弥と沙弥が言い合いをしているのは分かった。ケンカ…………している訳じゃなく、緩めの口論といったところか? 麻弥は怒っているが、沙弥に笑顔で軽々とあしらわれている。仲睦まじい美少女姉妹……。いつまでも見ていられる。 “あの子ら誰? 双子? めっちゃ可愛くね?” “もしかして俺に手を振ってるんじゃねぇ?” “イヤイヤ! 俺にだ”  近くにいた男たちのそんな会話で裕貴は現実世界に戻った。天川姉妹に見惚れている場合じゃない。  裕貴も手を振ろうと手を挙げた。ところが、近くにいた男連中が先に手を振ったため裕貴の手は虚しく腰の横へ落ちる。  ……ちょっと悔しい  麻弥も沙弥も裕貴の恋人ではないが好意的な対応をしてくれた。それを恐らく年上で、間違いなく裕貴より高身長で、ちょーーっとばかりイケメンの連中が掠め取られた。こんな暴挙を許してしまってはリア充共がますます勢いづいてしまう。  裕貴はリア充たちを追い抜く。すると双子も歩調を早めた。 「麻弥さん。沙弥さん」 「下澤くん待たせちゃった?」    沙弥が時間を確認しながら言う。待ち合わせ時間より早い。少し待ったがそれは勝手にしたことなので、裕貴は「全然待ってないよ」と返した。   「今日はありがとう。でも本当に良かったの? お礼をしてもらうほど大したことしていないよ?」  麻弥は雨具を持っていくようにアドバイスをしただけだと思っている。でも、裕貴にとっては命の恩人だ。その感謝の気持ちは過去に戻ったとしてもなくならない。 「イヤイヤ。麻弥さんがアドバイスをくれたから風邪をひかずに済んだ。あの雨でも濡れなかったのは麻弥さんのお陰だから。今日は好きなもの食べてよ?」  本当は高級レストランや高価なブランド品でも、返し切れない大恩。でも麻弥の認識は随分と些細なものに変わってしまっている。と、なれば高給過ぎては逆に気を遣わせてしまう。  そこで沙弥から“このフードコートなら高くないし気を遣わず楽しんでくれるよ”と、助言をもらい、ここで恩返しをすることにした。 「んー……そういうことなら一緒に美味しいもの、食べよ?」  麻弥が先陣を切って歩きだした。それに沙弥が続く。2人の腰に着いた大きなリボンが裕貴の前で揃って揺れている。2つのリボンを裕貴も追う。さきほどいたリア充の集団も、それ以外の人も2つのリボンを目で追っていた。
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