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麻弥たちと別れて数時間が過ぎた。太陽は既に落ちて月が代わりに顔を出している。
今日裕貴が麻弥と沙弥にご馳走したのは感謝を伝えるため。恩返しをするため。土砂崩れに遭い絶体絶命の中、麻弥が命を救ってくれた。そして、大勢の失われた命もこの体に負った大怪我も全て無かったことにしてくれたのが沙弥。
本当に……どれだけ感謝を伝えても伝えきれない。
それともう1つ理由がある。
裕貴のスマホがコール音を鳴らした。
『もしもし? 電話なんて珍しいね』
沙弥は電話の向こうで意外そうな顔をしているだろう。
「うん。少し話したいことがあって電話したけど今、大丈夫?」
沙弥から頼まれた事“麻弥を死なせないために麻弥の彼氏になって”という話しに大きく関わることかもしれない。
『ちょっと待って。部屋に行くから』
テレビの音声を上書きしたのは“誰から?”という麻弥の声。“友達”と沙弥は答えた。
急ぎ足で階段を登る音がしたあと『ごめん。お待たせ』と通話が再開した。
『それで話しって? 麻弥の事でしょ?』
鋭い……っというのはちょっと違うか。沙弥と真面目な話しをするのは麻弥の件しかない。
「うん。麻弥さんと付き合ってくれって話しのこと」
『うん』
「どう言えばいいかな? っと、麻弥さんが亡くなったのを知ったとき変な気持ちになった。やるせない? 虚無感? 喪失感? 上手く表現できないけど」
『分かるよ……。私もそんな気持ちになったから』
「けど、沙弥さんの魔法で過去に戻って、麻弥さんが生きていて、前よりちょっとだけ仲良くなって……」
沙弥は静かに聞いてくれている。言葉にするのが難しくてもちゃんと伝えようとスマホを持つ手に力が入った。
「麻弥さんが笑っているのが嬉しくて、一緒にいると幸せなのに落ち着けて……。もっと一緒にいたい! もっと笑って欲しい! そう思って」
今日、麻弥と会った理由のもう1つがこの気持ちを確認するためだ。
「僕は麻弥さんが好きなんだ。きっと中学の時から、始めて見たときからずっと好きだった。今日、漸くそれが分かった」
この話しを聞いて沙弥はどんな顔をしているだろうか。まるで想像がつかない。
『そっか。ヤッパ下澤くんは麻弥のことが好きだったんだ! よかった』
沙弥の反応は意外だった。仰天するまではいかずとも多少なりとも驚きをみせると思っていたからだ。
「驚かないんだ?」
『うん。何となくそうなんじゃないかって思っていたから……女のカン』
裕貴は女のカンの鋭さに恐ろしさを覚えると同時に沙弥の観察眼にも驚かされた。知らず知らずのうちに麻弥への気持ちが仕草になって表に出ていたのかもしれない。それを沙弥は見落とさなかったのだから大したことものだ。
沙弥は『あのね、下澤くん』と話しを続けた。
『麻弥が恋人を作って“生きていたい”って思うようにしなくちゃいけない。そうじゃなきゃ、私は麻弥を失っちゃう』
人の命は簡単に消えてしまう。
ある日突然ニュースで麻弥の死が報道されたときのようにーー。
ある日突然土砂崩れに巻き込まれてしまうようにーー。
だから、沙弥の麻弥を失いたくない気持ちは苦しいほどに理解出来てしまう。
『でもね、だからって麻弥の恋人は誰でも良いわけじゃないの。人として信頼出来る人ーー。麻弥の事を大切にしてくれる人ーー。麻弥を幸せにしてくれる人ーー。麻弥を心から愛してくれる人ーー。』
適当に沙弥に選ばれたのではなく、沙弥に信頼されて選ばれた。自らの半身のような麻弥の命を任せてくれたのだ。たまらなく嬉しくて胸の奥がジンと熱くなる。
『下澤くん。麻弥を好きになってくれてありがとう』
「そんな……お礼を言われることじゃあ……。でも、僕、頑張るよ! 沙弥さんに言われたからじゃなくて、麻弥さんが好きだから。麻弥さんと付き合えるように頑張るから!」
『うん! 期待してる。早く幸せになって』
「ハハハ。話しを聞いてくれてありがとう。後悔しないようには頑張るけど結果はどうなるか分からないから」
電話を切ると自分の気持ちを伝えれて満足感に包まれた。言葉にしたことで麻弥への気持ちは確固たる輪郭を持ち、大きく確かなものへ変わる。
裕貴はもう1度スマホを開く。今度は麻弥の名前が画面に表示された。今日の約束を決めたままでメッセージが止まっている。沙弥に頑張ると宣言したのだ。思い切ってメッセージを再開させた。
まずは何から話そうか?
ーー好きな食べ物の事?
ーー趣味?
ーー学校生活について?
ーー昨日観たテレビのこと?
話したいことは沢山ある。全部話したいが、今日一日では全然時間が足りない。もっと、もっともっとゆっくり楽しく話したい!
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