6月24日(天川沙弥)

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 遠野と菊池、それに大和田の1件は面倒だったが、着替えを覗かれるのはもっと嫌だった。だから、対応したまで。ところが思いがけぬ幸運を受け取れた。  事の顛末を教師に報告しなくてはならなくなった。冷房の効いた涼しい部屋で……。コレ、つまり公的に体育の授業をサボれるということ。おのずと保健室へ向かう足取りも軽くなってしまう。  沙弥は教師と大和田に続き校舎の中へ入った。保健室は1階にある。その途中に階段があるのだが、降りてきた集団の中には麻弥がいた。 「麻弥! 何でここに?」 「私たちはこれから化学実験室。沙弥こそ体育じゃないの?」  麻弥が胸元で掲げたのは化学の教本とノート。麻弥が頭に疑問符を浮かべているのは、沙弥がグランドでも体育館でもなく校舎内にいるからだろう。 「あっ! そう。そのこと! 麻弥、ちょっとコッチに来なさい!」  沙弥は手招きをして麻弥を呼ぶ。麻弥は残りの階段をリズミカルに降りてきた。他の人たちに話し声を聞かれないように顔を近づける。 “見分けつく?” “全然つかない” “ってか2人とも顔、ちっさ!”  麻弥と一緒にいた人がそんな話をしている。麻弥は彼女たちに「ごめん。先に行ってて」と言うと「なに?」と耳を沙弥の口元へ近づける。 「何で先に教えといてくれなかったの? アレ」  沙弥は気づかれないように大和田の背中に麻弥の視線を誘導した。知っていたからと言って何か変わるわけじゃないが、知らないままよりは心の準備をする時間があったはずだ。 「ん? ああー、大和田くんと遠野くんたちの件ね。覗かれる前に先生が来たんでしょ?」 「そうだけど事前に教えといてくれれば私も動き易かったってこと!」 「何を言ってるの? 市子ちゃんだっけ? 学年で7位の……。彼女が先生を呼んでくれるから。沙弥が何かする必要は……」  麻弥はもう1度沙弥の全身をみた。体育の授業に向かう準備はできているのに大和田のあとを追っている不自然さ。麻弥の中で急速に推論が構成された。 「市子が……え?」 「沙弥。もしかしてとは思うけど余計なこと、した?」 「だ、だから、先に教えといてくれればぁ!」 「ああーー、もう! また予知を狂わせて! 放課後。放課後の予定を狂わせたら絶対に許さないから!」 「わ、分かってるって! 下澤くんに手料理を振る舞う約束でしょ? 絶対狂わせないから」  テスト勉強中に何気なく提案したことだが、裕貴に言ってみたら快諾してくれた。裕貴も麻弥のことが好きだから当然の結果とも言えるが……。  約束が決まってから今日まで麻弥は料理を作り続けてきた。その努力を知っているから麻弥の言葉は重く、沙弥は背筋を凍らせた。 「じゃ、私、もう行くから」 「う、ん。がんばって」  久しぶりに冷や汗をかいた気がする。今日だけはこれ以上麻弥を怒らせないようにと決めて、沙弥は保健室へ向かった。
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