6月24日(天川沙弥)

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 保健室は思っていた通り冷房が効いている。アルコール消毒のニオイがキツイのが気になるが、それを差し引いても快適な空間だ。 「保健室の先生を呼んでくるから、ちょっと待っててくれ」  教師は大和田を椅子に座らせると保健室を出ていった。沙弥は近くのベッドに座り、冷房の風で涼む。しかし、大和田の嗚咽を堪える音が気になる。  このまま無視し続けるのは、冷徹な人間みたいで後ろ指を指されそうだ。仕方なく立つと棚から清潔なタオルを取り出した。 「傷口、洗った方がいいよ」  屋外だったため泥や千切れた雑草が傷口についている。見たところ怪我自体は大したことなさそうだが、化膿するかもしれない。  大和田はタオルを受け取り、頷くとヨロヨロと歩き、水道で洗い出した。その間に消毒薬と絆創膏や、ガーゼを準備しておく。 「何で苛められてるの?」  デリカシーの無い質問だ。けど、これくらいしか話題が思い浮かばなかった。    沈黙が続く。言いたくないのだろうけど、それは、それで良かった。大和田に興味があるわけじゃないし、正義感を振りかざして解決してやろうという気もない。2人しかいないこの部屋で、ずっと泣かれているのが嫌だっただけ。 「……中学のとき」    蛇口を捻り水を止めると大和田が口を開いた。 「パパが作ってくれたキーホルダーを付けて学校に行った。そしたら遠野くんたちが“気持ち悪い”って……笑って……」 「どんなキーホルダーだったの?」 「魔女の……。ドクロを右手に持った魔女の……」 ふと麻弥は先程のケンカを思い出した。菊池の中指には趣味の悪いドクロの指輪が嵌っていた。 「そんなことで……」  いや、“そんなこと”で良かったのかもしれない。ドクロでも魔女でも、大和田自身の性格や体型でも……。苛めるキッカケは何でも良かったのだろう。    保健室の扉が開いて、教師が戻ってきた。 「遅くなってごめんなさい」  養護教諭も一緒だ。養護教諭は大和田の前に座ると治療を始めた。 「天川ー! お前はコッチだ」 「えー! 先生。ここ冷房効いてるのでここでいいじゃないですか」 「ダメだ。ここは体調不良の人専用。お前は生徒指導の先生からアツーいお説教」 「何で私が怒られるんですか!?」 「当たり前だろ! ケンカなんかしたら大学進学に響く」 「そんなぁ」  沙弥は教師に連れられて保健室を出た。冷たい空気に慣れた体にこの暑さは辛い。しかも熱いお説教も待っていると来た。グランドで走るクラスメイトたちが羨ましく思えた。
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