6月24日(下澤裕貴)

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 ケーキを崩さないように慎重に歩いたが、予定より少し早かった。       「6時40分。少し早いけど……ケーキもあるし」  裕貴はインターホンを鳴らした。女の子の家に遊びに来るなんて始めての経験だ。でも、不思議と緊張は無かった。ただただ楽しみで、早く麻弥のエプロン姿を拝みたかった。 「…………出ないな」    明かりはついているのでいるはずだが、誰も出てこない。もう1度押してみるが変わらない。 「寝てるのかな? 約束を忘れたってことは無いだろうし」  仮に忘れていたとしても、誰も出てこないというのは変だ。裕貴はスマホを取り出した。麻弥に電話しようとしたところで、人影が近づいてくるのに気が付く。  シルエットは女性だ。麻弥の背格好に似ているが、違う。シルエットの女性は沙弥だ。 「下澤くん? どうしたの? 中に入らないの?」 「それが留守みたいで……」 「留守? 変だな……。あんなに楽しみにしてたのに」    沙弥は不思議に思いながら鍵を取り出した。玄関には鍵がかかっている。   「麻弥、いるみたいだよ」  沙弥は麻弥の靴をみて言うと裕貴を手招きして家に入れた。 「お邪魔します」 「好きな人の家だよ? 緊張する?」 「そ、れはまあ……。あっ。これケーキ」 「わざわざありがとう」  沙弥に案内されてリビングに入った。窓が全開になったままエアコンが動いている。閉め忘れたのだろうか? 「アレ? 全然料理してないじゃん。何してるんだろ」  キッチンは綺麗なままだ。使った痕跡といえばお米を炊いたくらい。料理の下準備すらしていない。 「ごめん、下澤くん。部屋を見てくるから適当にくつろいでて」  「うん」 「それとも一緒に麻弥の部屋を覗きに行くかい?」  沙弥の眼差しはイタズラっ子とそっくりだ。 「んー。見たいけど、本人に招待してもらえるように頑張るよ」 「そう。じゃあゆっくりしてて」  リビングを出た沙弥は階段を登って行ったようだ。裕貴はソファーに座った。ソファーはマシュマロのように柔らかく、裕貴の体を飲み込んでいく。 「なに、この柔らかさ……」  横になったら数秒で眠りつけそうなくらい気持ち良いだろう。けど、ここは他人の家。だらしないことは控えるのが礼儀だ。裕貴はソファーから立つと全開になった窓際に立った。  日中は暑かったが、日が沈んでからは夜風が気持ちいい。    ふと視線を落とした裕貴は、地面をじっと見た。 「下澤くん! 麻弥、部屋にもお風呂にもいない! スマホも鞄の中に入れたままだし……って、どうかしたの?」  リビングに戻ってきた沙弥は裕貴の隣に立った。険しい表情で地面を睨む裕貴に何かを感じたようだ。 「コレ……」  地面にはくっきりと足跡が残っている。サイズからして男物。父親のものかもしれないが庭を壁に沿って歩いている。まるで窓から家の中を伺うかのように……。    それに足跡に加えて何かを引き摺ったような4本の溝もある。   「麻弥……」  嫌な予感が這い上がってくる。2人は顔を見合わせた。
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