挑発ー2

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挑発ー2

「ロインです」 「お入り。もう一人はさっき帰ったけど」  重い気持ちのままロインが部屋に入ると、長椅子にふんぞり返ったルークが手招きしていた。ガリオールと並ぶレイモンドール国の重鎮。二十台そこそこに見えるが彼らは魔導師の祖、イーヴァルアイの施した呪によって歳を取らないため、およそ三百歳は超えている。  レイモンドール国は周りを海に囲まれ、一部の港から船を出して輸出入を行う以外、他国との接触を禁止されている。  大昔、小さな領主国の王が大陸から来たイーヴァルアイという魔導師と契約を交わし、たくさんの貧しい小さな国の集まりだったこの島を統一した。  魔道の力で国に結界を張り、他国からの侵略を防いだのだ。ところが次第に魔導師の量も力も増大し、実質、彼ら魔導師が国を動かしている。  この国に深く関与する魔導師の中で優秀な魔導師は、胸に竜印というものを刻まれて永遠の命を得ていた。 「申し訳ありませんでした。あのような事は二度といたしません」 「あのさ、別にしたっていいと思うよ、私個人は」  ロインは驚いてルークを見詰めた。全体的には短いが、長い前髪が顔の半分を隠しているのでその表情が捉えにくい。 「別に、仕事に邪魔にならないんだったら好きにしたらいいさ。女犯じゃないんだし。でも仕事中は止めて欲しいけどね。でも、そんなことでいいの?」 「ど、どういうことでしょうか」 「またまた……。とぼけちゃって。おまえ、ガリオールのこと好きなんじゃないの? ガリオールを思いながら他の男と寝るのって不毛じゃない?」  確信を突かれて目を逸らしたロインを見てルークはやっぱりねと笑った。 「不毛と言えば、我々竜印をいただく上級の魔導師に恋心を抱いたというそのことこそが不毛なんだって」  ロインの顎を持ち上げて目を覗くようにルークが顔を近づける。 「竜印は、主イーヴァルアイと我らを強く結びつけているものだ。それは、体だけでなく心もと言う意味で。私にとって主くらい惹きつけられるお方はいない。いつも心を支配しているし、考えないことは無い。たぶん、ガリオールだってそうだ。だからガリオールは、君の気持ちには応えられないと思うよ」  単刀直入にずばりと言われ、顎から手も外されて糸が切れたようにロインはぺたりと床に座り込んだ。 「では、どんなに私がお慕いしても無理だと。そう言われるのですか?」 「まあね。だが我々の気持ちが分からないのも無理は無い。知りたいなら同じところへ昇ってくるがいい――できればの話」  それだけ言うとルークは自ら立ち上がると戸を開けた。 「言っとくけどガリオールは私の親友なんだからね。正直よこしまな気持ちを抱かれるのは気に入らないんだ――おや、すまない。本音が出てしまった。さようならロイン」  ルークはそう言って冷たい笑顔を浮かべた。   この国の魔導師は二十万ともそれ以上とも言われている。その中で竜印を授かり、上級の魔導師になった者は、たかだか二百人あまり。一年に竜印を授かるのは一人か二人。多くて五人までだった。一人もお目がねに適う者がいない年もある。  そこまで昇ってみろと、ルークは言うのだ。  自分のふがいなさと立場の弱さにロインは唇を噛む。下級の魔導師が、この魔導師庁で働くのは要は雑用のためだ。書類仕事などは中級以上がやることになっている。だが、雑用だからこそ、上級魔導師の雑用係りとして中級の魔導師などはお目通りも適わない位の高い魔導師の世話ができるという恩恵もあった。  かくいうロインも十六歳の下級魔導師だが、周りがうらやむような役を得ていた。それが、この国を実質動かしていると言われている宰相、ガリオールの世話係りだった。  見た目は二十台そこそこに見える。濃い茶色の髪で同じ色の瞳、意思の強そうな唇はいつも真一文字に引き結ばれて眉間に皺がよっている。  彼の負っている責任がそうさせているのか、ロインは、それ以外の顔をあまり知らない。その真摯な顔が好きだ。  しかし、その顔が違う表情を見せることがたまにある。  それは、魔導師とこの国の王しか通れない竜道という道を通ってやって来る彼と同じ頃に廟に召し上げられ、彼と同じ歳に竜印を主イーヴァルアイによって刻印された男、ルークの前だった。彼の前だけは、いつもと違う顔でいつもより砕けた言葉を彼は話す。  それがロインにとって寂しくつらい。いや、身分を弁えず嫉妬している。毎日一緒にいるのは自分なのに、彼と自分には大きな超えられない大きな違いがある。  越えられないのはその生きて来た年月の差だ。彼らは三百年というロインの届かない年月を供に生きている。  そしてそう感じているのをあの男は知っている。知っていて、挑発するのだ。 「昇ってこいよ」と……。
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