127人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
挑発ー1
大陸から海峡を挟んで外洋と接している島国レイモンドール国。そこは魔術による結界で国を守っている。魔術を使うのは魔導師で、彼らは国の庇護の元、国中に廟と言う名の寺院を建てている。
故にそれは魔道教と称し、国民は何かにつけ地域にある廟に参拝する。だが、魔道教の教義は国民全員に広く開かれているわけではない。
その内容は俗世を離れ、出家した者でないと会得することは叶わない。
見えない内情のせいか、国を陰で動かしているのは魔導師ではないかと揶揄されているのだ。
「ああぁ……。いい、もっと、あっ」
見上げるほどの高い天井近くの窓から午後の光が床に模様を描く。書棚が林立する間に置いてある机の一つに両手をついた線の細い少年の纏ったローブが腰までたくし上げられている。その背後から同じような服装の男が被さるように彼を犯していた。
「あ、限界。もうだめ……。ガリオール……さまっ」
細い悲鳴めいた声を上げると、後ろの男も苦しそうな声を上げて一瞬大きく震えた。そしてぐったりと机に凭れた体を男が今度は近くの長椅子に運んだ。
「やだ、もうしないって」
青年というよりはまだ少年と言ったほうがよさそうな十五、六歳に見えるその少年は、男から逃れようと身を捩る。だが体格の違いか、上の男はびくともしなかった。
「一回だけなんてがまんができないよ。もう一回いいだろ?」
「僕はもういい、止めろって」
男の背中をどんどんと叩くが少しも堪えていないのか、手の動きは止まらない。
「嘘だろ、あんなに善がって良い声出していたくせに」
「うるさい、どけよっ」
「これからが本番じゃないか。ロイン大人しくしろよ。可愛がってやるから」
相手が動きを止めないとみてロインは滅茶苦茶に手足を振り回す。すると突然ローブをまさぐる手が止まった。
「何、どうしたの?」
何も言わない相手が何を見ているのかと振り向いたロインは「あっ」と声を上げた。
二人がもつれ合っている間にここに入って来た者がいたのだ。夢中になっていて足音も、戸が開く音さえ気が付かなかったらしい。
「ここで何をやっているのだっ。この不埒者めが」
「まあまあ、恋人たちってどこでもイチャイチャしたいもんじゃないの?」
叱責する初老の灰青色のローブ姿の男に、横にいた若い灰色の髪の青年が、のんびりとした声でとりなす。
「で、ですがルーク様っ」
「そうだねぇ、今は仕事中で、ここは公の場所だしね。君たち、後でわたしの部屋に来なさい。お説教をしてあげよう。これでいいだろう、ザルマ。二人を下がらせてくれ。ああ、絨毯の沁みは自分たちで掃除をするのと換気もしてね。これじゃあ気が散って調べ物が出来ないから。ね、ザルマ?」
のんびりとルークは二人に笑いかけるが、横に居たザルマはこめかみに筋を立てていた。
「おまえたち、これぐらいでお許し願えた事を感謝しなさい。まったく、なんて破廉恥なっ」
「まあまあ。そうだ、おまえたちの名前を聞いて無かった。ん? でもおまえ、細っこい方は見覚えがあるなあ……どこでだっけ」
ルークと言われた青年の目が細められ、ロインは目を逸らせた。この国のあまたある廟の大元締めという位の廟主長のルークが下級魔導士の一人にすぎないロインを覚えている。そんなことは普通ならあり得ない。だが、ロインは今ルークら上級魔導師に近いところで働いている。
「ああそうだ。おまえ、ガリオールの私室の世話係りだな。名は、ロインだったか」
どうか、思い出さないでという願いもむなしく名前を出されてロインは青くなった。
「ガ、ガリオール様にはどうかこの事は……」
「この事って?」
わざとらしく首を捻ってルークはニヤリと笑った。
「おまえの小間使いが、昼の日中から男と事に及んでいるのを知っていたかってこと? それとも、おまえも襲われるかもしれないから注意しろよ、かな?」
ロインは、頭を床にすりつけながら唇を噛んだ。こんなことがガリオールさまに分かってしまったら軽蔑される。そしてロインがガリオールを思いながら他の男と寝ていることさえルークにはお見通しなのかもしれない。
「ガリオール、どうした? 難しい顔しちゃってさ」
この国の魔導師の長、そして宰相でもあるガリオールは忙しそうに走らせていたペンを止めて顔を上げた。
「おまえか、灰色頭。今忙しい、遊びに来たのなら帰ってくれ。さっき気分の悪い報告も受けて、今はおまえののんきなバカ話を聞く気にならない」
「なんだ、つれないなあ。せっかくはるばるゴートの廟からわたしがやって来たっていうのに。お茶とか、お菓子とかさあ、もてなすって言葉知らないの?」
ルークは書類が乗っている机に構わず腰掛けてガリオールの顎を掬う。
「止めろ、分かった。相手をするからそこから降りろ」
ガリオールは、ため息をついてペンをペン立てに突っ込んだ。こいつが来た時点で、仕事などはかどるわけは無いのが、腹の中では分かっていたからだ。魔導師長の自分にこんなに無礼なマネができるのは、同期のルークしかいない。
「お茶は出すがお菓子は無い。だいたいこの国の廟をまとめる廟主長のおまえが誰の供も連れず、ひょこひょこ遊び歩くのはどうかと思う。それにだな……」
ガリオールの言葉は、唇に置かれたルークの長い人差し指に止められる。
「はいはい、何をそうカリカリしてるのか、言ってごらんよ。何の報告だったんだい?」
それがと言いかけてガリオールは、赤くなって咳払いをして口ごもる。茶色の瞳が救いを求めるように右へ左へ泳いだ。きっちりと肩下まである瞳と同じ色の髪は後ろに一本にきりりと結わえられている。怜悧なとか、硬質なとか言われている目の前の男の誰も知らない表情をゆっくりとルークは充分に楽しんでからやっと助け舟を出す。
「ひょっとして、さっき若い魔導師がこの庁内で不埒な振る舞いに及んでいた事、かな?」
「なんで知ってる?」
はぁーっと言いたくなかった事を言ってもらえた安堵感を滲ませてガリオールは目の前の男を見上げた。
「だって、見っちゃったのは、私だもん。ザルマったら告げ口が早いな」
「何を言ってる。おまえこそ、なんでさっさと報告しない」
「それは、君の落ち度を知らせたくなかったからだよ。優しいなあ、私は」
「どういう意味だ」
それはねえ、とルークはにやりと唇を半月に上げる。
「君が女犯するべからずなんて規則を作るもんだから、こんな問題は出てくるのは時間の問題だったってこと。仕方ないよ、男盛りの彼らに女の子禁止なんてさ。もう男に走っちゃおうとかいうやつが出てきても可笑しくない。そこが一つ目」
「一つ目って、他にもあるのか」
「あるある。君が魔導師たちに人気があるのは、実はその初心なとこにあるのではと私は思っているんだけど、人の機微に鈍感すぎるっていうのも問題だよ」
「どういう事か、さっぱり分からん」
「自分が潔癖なら善だと思っていると痛い目に合うってこと。知らずに人を傷つけていることもある。お、帰って仕事しなきゃ。じゃあまたね」
なおも首を捻る男を残して、ルークは竜門を開くとそこへ消えた。
最初のコメントを投稿しよう!