1 風呂

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1 風呂

 狭い部屋、男を詰め込み蒸しあげる。  何のことは無い、蒸気風呂だ。  煙突を付けた薪ストーブの周りを石で囲み、焼けた石に湯を掛けることで大量の蒸気を発生させ、密閉した室内の温度を上げる仕組みの蒸気風呂だった。密度の高い木組みの小屋に、水の焼ける音が響く。  蒸気の熱が身体の芯へと達すれば、心の表層と深部の境界がほぐれ、たぷたぷと水を吸わせた海綿体を絞った時のように、無意識に押し込めていた深層意識が滲み出てくるのだ。  ジュウ。  視界が白に霞む。  湯の入った桶を腹に抱え柄杓を握っているのは、短躯山人(ドワーフ)の男。髭に覆われた顔は、青年とも老人とも見分けが付かない顔をしていた。もっとも、身長が1メートルほどのドワーフ族はそのほとんどが、見た目の区別が付きにくい容姿をしているのだが。  古くから精錬・錬鉄加工を生業とする、人間に近い暮らしをしている種族で、彼らの鍛えた鉄鋼は、どの国の軍においても重宝されると聞いている。  ジュウ。  そのドワーフが、ストーブの熱に炙られる石を親の(かたき)だと言わんばかりに、柄杓で掬った湯を思いっきり叩き付けていた。石がジュウと吠える度、部屋の湿度と温度が ぐい と上昇する。  かなり堪える暑さになってきた。それでも、この木造小屋に居座る男達は不平不満を漏らすこともなく、己の内面に巣くった鬼と対話しているかのように、真摯に険しい顔を見せている。  炭鉱が近いせいか、強健そうな体躯の者たちが多い。彼らの腕は山脈か何かだろうか? 高く隆起する筋肉に、汗が筋を描いて流れる。  規則正しく脈動する胸は、彼らの越えてきた人生の険しさを物語るようで少し羨ましい。私も、もう少し強靱な肉体が欲しかった。求めようともしないで得られるものではないだろうけど。  男達の中で特に目を惹くのが、隅で静かに合掌している三面六臂神種(アシュラ)だ。神の種族を下界で見るのは本当に珍しい。  目立つのは、人とは違う面容ももちろんだが、無駄な肉を持たない引き締まった胴体や、張り出した筋肉が見事としか言いようのない下半身が、10代の少年かと見間違うほど初心な顔と相まって、不思議な調和を見せているところ。  この風呂屋の常連らしく、入ってくる人の多くが会釈を送っていた。  視界が完全に白くぼやけて役割を果たせなくなった頃には、体の芯まで熱に占領されていき、要らなくなった感情から順に体の外へと流れ出していく。  蒸気を立てる風呂は、古くは神域だったらしい。  わかる気がする。  慣れれば瞑想よりも遙かに深い場所へと、心身を沈み込ませられるだろうから。  尋常では無く噴き出す汗。しょっぱくなった唇を舐めた俺は、ずいぶん遠くへ来たんだなと、何故か望郷の念に駆られるのだった。
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