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魔道具職人志望クロエの災難
あ、と思わず声を上げて、持っていたヤスリから手を放した。反復作業を強いられていた右腕が非難の痛みを発するのを無視して、左の手指を開く。手のひらの上で転がったのは、オレンジ色の光を帯びる結晶体。ヤスリで削られて粉まみれになっていながらも、存在を主張するように、かすかに熱を纏っている。
魔道具に使われる鉱石の一つ、金琥珀だ。正確には植物性の液体が固まった物なので、鉱石に分類するのは間違っている。だが、入手が容易なことと、加工が難しくないことから、他の鉱石と同じく魔道具の核に使われることが多い。
体内の不浄を吐き出させ、魔力を増強して循環させる力を持ち、大地、植物、増強、排毒等に関する魔法と相性が良い。
ブラシで粉を払い落とし、荒く削った形が見えるようにしてから右手に握りこむ。二度、三度と握り直して返ってくる感触を確かめる。ヤスリがけで形を整えただけの金琥珀は、まだ表面のザラつきが強く、肌に噛み付きそうなほど摩擦が強い。
それよりも、
「んー……」
集中するあまり、最初に見積もっていたより削りすぎてしまったようだ。手のひらと石肌の間に微かにだが隙間ができている。
指を這わせる部分の感触はなかなか良いものの、握った力がどこかに逃げてしまうような気がする。
どうしたものか、しばらく石を握ったまま手首の振りで重さを確かめていたが、やがて、ヤスリの横に置いていたものを取り上げる。肘から手首くらいの長さの強く捻じれた棒で、表面には木材でできていることを示す波模様が走っている。
ネジの木と呼ばれる木の根の一部である。ネジの木は地中で水を感じると、その方向に向かって真っ直ぐに根を伸ばす。その途中に石が埋まっていたり生物が鉢合わせたりしてもお構いなく、根を螺旋状に捻って障害物を貫いて進む。殺した生物すら養分として吸収してしまう物騒な植物なので、度々駆除されており、材料としては比較的容易に手に入るのだ。
枯れ枝のような棒の一端、やや太くなっている方に金琥珀を糸で固定すると、振りかぶるなり勢いよく振り下ろす。
杖の先を向けられた足元で空気が爆発し、破裂音を伴って辺りにあるものを殴りつけた。辺りに散乱していた工具やメモ書きが吹っ飛んでいき、机に堆積していた金琥珀の削りカスが部屋中に舞う。
「……悪くない。杖芯と相性良さそうだし、力の出方も歪みがなさそう」
杖は、魔法を使うためのアイテム『魔道具』の中で最も使われることが多いものの一つである。杖を向ければその方向に魔法が飛んでいくし、持ち主の得意な力を伸ばすような杖を使えば、本来の能力を何倍にも伸ばしてくれる。
杖の体を為したそれの出来に満足したのか、糸を解いて二つの素材に戻した。材料の方針は固まった。あとは、金琥珀が本来の輝きを取り戻すまで水ヤスリで磨いてやり、ネジの木の根に硬化薬を塗って二つを接着すれば完成だ。
今日中にひと段落着きそうだなだなと手元の時計を見ると、すでに今日は終わっていて、もう少しすれば空が明るくなってくるような時間。
「しまった…やりすぎた……!」
夢中になると時間が分からなくなる悪癖を悔いる。だが、手元の出来かけの杖を放置しておきたくもない。
徹夜になってしまうが仕方ない。金琥珀を手に取りながら、空いた手で髪の生え際を搔く。このまま杖を完成させて、
「明日は潜るか……」
彼女、クロエは再び机に向かい直した。
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