魔道具職人志望クロエの災難

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杖が形になった頃には太陽が姿を現し、魔法灯を消しても充分に部屋が明るくなっていた。3階にある加工室の、高い位置に付けられた窓から日が差し込み、クロエの作業場を露わにする。魔法で押し広げられた空間を、他人を気にせず作業ができるようパーテーションで半ば個室のようにした作業場は、彼女からしたらそれでもまだ広い。 一晩かけて向かっていた机の上は、今はきれいに片付けられ、固定具が置かれているのみだった。ネジの締め込みで物を挟み込む固定具には、先程まで格闘していた杖が先端を天井に向けて押さえ付けられている。加工が済んだ金琥珀(キンコハク)ネジの木(スクリューウッド)を接着し、自然素材の接着剤が乾燥するまでこのままだ。 (完全に固まるまで、1時間半は手が出せないな…) 「…ご飯食べてこよ。あとシャワー」 椅子にかけていたローブを羽織って自分の杖をポケットにねじ込むと、ブースから出ていく。 昨日から着ているシャツと短パンは長時間の作業でシワだらけになっていて、金琥珀の削りカスが付いて薄く黄色くなっているが、足首まであるローブはゆったりしていて体をほとんど隠してくれる。前がはだけないようにしていけば誰も気付くまい。 加工室を出ると、階下へ降りる階段を探して歩く。まだ朝の早い時間、しかも寮がある場所から少し離れているから、同じ廊下を歩く姿はいない。夜の間だと寮監だとか説教好きな守衛だとかに出くわすことがあるが、誰に遭うこともなく、1階まで降りてきた。 (さすがにこの時間だと、メインホールも静かだな。人を避けながら歩かないで済むの、最高) 校舎の構造上、加工室から寮へ向かうときは、一度正面玄関まで戻る必要がある。正面玄関があるメインホールを中心に、3方向に放射状に建物が伸びているため、別の方向の建物に行くなら、必ずここを通るのだ。メインホールは6階建ての校舎をぶち抜きにして、頭上の遥か彼方に嵌め込まれたステンドグラスから、多彩な色をまとった陽光が降り注ぐ。 ここに来ると、人がぱらぱらと現れ始める。多くの人は寮の方から食堂へと向かっていくのだが、クロエはその流れに逆らうように、寮へと戻っていく。 廊下の端の方を歩いていたが、向こうから知り合いの顔が見えて、思わず足を止めた。 「おはよう、クロエ」 「リディヤ。おはよ」 う、と言いかけたところであくびが出た。 「徹夜したんでしょ。昨日寮にいないなーって思ってたもの。何作ってたの?本?ほうき?」 「杖。素材二つだけの、シンプルなやつ」
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