6.その後

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6.その後

 そして半年後――ルカ王子の婚姻式は無事執り行われた。  お相手はこの国の第一王女であるエミリー様だ。  今、夫婦となったばかりの二人はバルコニーから下方に集まる大衆に手を振っている。王子も、エミリー様も、ひどく満ち足りた様子でにこやかにほほ笑んでいる。  そして私の隣では宰相様も満足気にほほ笑んでいた。  * 「王子にはエミリー様と結婚していただきたいのです」  あの日、宰相様はそう言った。  この国に婿として入ってもらうのだから、王子にはいずれは王となってもらう。ならば王子の隣に立つお妃様には、この年功序列の風潮がある国においては第一王女であるエミリー様がベストなわけで。  でも子兎ちゃんが好きな王子のことだから、自分より年上のエミリー様を選ぶことはないと思われていたそうだ。しかも、第二王女も第三王女も長姉を慕っており、自分達が王子と結婚し王家を継ぐ未来を強く固辞していた。それゆえの策、それゆえの私の極秘任務だったのである。  つまり、王子の好みの女性のタイプを詳細に知ることで、第一王女にはそちら方面に、第二、第三王女にはその真逆になってもらおうと考えていたという。思い起こせば、あの酒席の場でも王女らの装いはそういう感じだった。第一王女はかわいらしいピンク、第二、第三王女は紫に紺のドレスで。  けれど「婚約相手は君が決めていい」という王子の爆弾発言で、これ以上策を練る必要はなくなったというわけだ。 「でも……いいんでしょうか。王子様のこともエミリー様のことも騙したようで心苦しくて」  王子に「エミリー様と婚約してください」とお願いしたのは、あの酒宴の翌日のことだ。そして王子はその日のうちにエミリー様にプロポーズしたという。  でも……それ以来、私はずっと悩んでいた。ずっと――二人の婚姻式当日、つまり今日まで。  しかしこれに「ですから問題はないと何度も言っているでしょう」と宰相様は言う。 「実はあなたには言っていなかったことがあります。ルカ王子はね、惚れっぽいんですよ」 「……へ? 惚れっぽい?」 「ええ。きっかけさえあれば惚れてしまう、そういう人なんです。しかもね、愛情を向けてくれる人により愛しさを覚えてしまう、そういう人なんですよ」  だからきっかけさえあればあのお二人は相思相愛になれると踏んでいたそうだ。 「実際、あなたのところに王子から連絡は来ていないでしょう?」 「……そう、いえば」 「エミリー様もあなたには感謝していますよ。愛すべき人を愛せること、これ以上の幸せはないと」 「……っ」  涙があふれ出した。  それはもうずっと心配していたことだったから。  お二人に対してひどいことをしたんじゃないかと、ずっと、ずっと心配で……。  だから王子に「エミリー様と婚約してください」と告げたその日、私はメイドの職を辞し田舎に帰っていた。もう王都にはいたくなかったから……。 「泣かないでください」  宰相様が私を抱き寄せた。しかも頭を胸にくっつけて、「ここまで心配させて……本当に申し訳ないことをしました」なんて優しい言葉をかけてくれるものだから、余計に涙腺が刺激されて困った。  実は今日、私が王都に戻ってきたのは――宰相様から手紙をいただいたからだ。ぜひ婚姻式でのルカ王子とエミリー様を見てください、と。お二人はすでに愛を育まれていますからあなたが罪悪感をもつことはありません、と。  宰相様の言葉を信じたくて――私は今日ここに戻ってきた。  でも、信じてよかった。  本当に――よかった。 「あなたにはもう二度とこんなことはさせませんから」 「……絶対、ですよ?」 「ええ。絶対に。二度と嫌な思いはさせません。だからもう泣かないでください。……私のことをゆるしてくださいませんか?」  震える声で問われ、こくんとうなずいていた。  実は宰相様からはほぼ毎日手紙をもらっていた。そこには謝罪の言葉がびっしりと連なっていて――だから今日久しぶりにお会いして、ルカ王子とエミリー様が真実お幸せそうなことを確認し……もういいや、と思ったのである。 「ではこれで問題は片付きましたよね」  なんのことだろうとぐずぐずしながらも顔をあげると、そこには宰相様の美麗なお顔があって――。  唇に温かな感触がした。 「な、何するんですかっ」 「これは演技指導ではありませんよ」  涙目で見つめると、宰相様の目が眼鏡越しに細められた。 「半年、我慢したんです。この私が、ですよ?」  そしてまた顔が近づく。 「これからは私以外の男にそんな顔を見せてはいけません」 「ほえっ?」 「そんなふうに私以外の男を見つめても、こんなふうに触れさせてもいけません。いいですね」  そしてまた唇を塞がれた。 「……あなたのファーストキスを死守して、本当によかった」  もう宰相様が何を言っているのか、分からない。 「嫌なら嫌と、言ってください……」  嫌じゃない。それどころか、 「もっと、してください……」 「……っ。あなたという人はっ! ああもう、眼鏡が邪魔だ……」  それから私はくらくらした頭で宰相様のされるがままになったのだった。  快晴の空に盛大に花火が上がり、周囲の人達がバルコニーに向かって祝福の声をあげている間も、私は宰相様と抱きしめ合っていた。
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