4.本番(前半)

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4.本番(前半)

 私には王子を攻略するなんて無理……そう思っていたけれど、酒宴の場に一歩足を踏み入れれば、やっぱり緊張しすぎて頭がショートしてしまった。そして無意識に宰相様のご指示どおりにふるまう自分がいた。  それもそうだ。あれこれ考える余裕がないなら、今日何度も練習したとおりに演技してしまった方がよっぽど簡単だったのだ。  ルカ王子は私と同い年だけど、年齢よりも大人びた雰囲気の方だった。つまりは私とは十歳離れた雰囲気を醸し出す方だということ。茶色の髪に緑の瞳も美しい。……なのにどうして子兎ちゃんが好みなんだろう。しかも宰相様いわく、女好きなんだよね。非常に残念な人だ。  でも今の私にとっては残念な人であってほしいわけで。  だから王子から「君、名前は?」と訊ねられた瞬間、心の中でガッツポーズをしていた。やったあ、第一関門突破! 「どうしたの?」 「あ、いえ。すみません」  どうやら宰相様の言う通り、感情が顔に出やすいらしい。  こほん、と一つ咳をして、こてんと小さく首をかしげてみせる。 「エリザベス……です」  宰相様じゃないけど、パーフェクトな『こてん』ができたんじゃないだろうか。今日だけで一生分の『こてん』をしただけのことはある。 「エリザベスか。可愛い名前だね」 「光栄……です」  返答後に、一秒の間。そして、こてん。  よしっ。今度もパーフェクト! 「何歳なの?」 「十六……です」 「やっぱり。そうだろうと思ってた」  いいえ、違います。同い年ですから。……なんて言えるわけがないからうつむいて恥じらってみせる。  ちなみにもう酒宴が始まってからかれこれ一時間が経過していて、我が国の王族方――王様に王妃様、それに王女三人――も、それぞれ近くの人と自由に談笑している。  宰相様はなぜか壁際に直立不動で突っ立っている。偉い方なのに、飲み食いどころか、誰とも会話もせず、かつ一歩も動いていない。なんてすごい人だろう。完全に背景と同化している。ただ、その紫の瞳が時折私の方に鋭く向けられるのにはどきっとさせられた。ちゃんと働け――そう言いたいのだろう。 「恥ずかしがり屋なんだね」  おおっと。第二関門突破!  手が、王子の手が私の手に載せられている……! 「ど、どきどきします……」 「どきどき?」 「王子様のように尊くも素敵な方と直接お話するなんて……初めてで……」 「そう。どきどきするんだ」  王子が照れたように微笑んだ。  大人っぽい王子様の少年みたいな笑顔……これはちょっと、いや、すごくキュンとくる。  頬がかーっと熱くなる。  そんな自分が恥ずかしくて、今度は涙目になってしまった。なんで成人なのに十六歳に見えてしまうんだろう。しかもイケメンの笑顔一つで顔を赤くしてしまうなんて、子供っぽすぎて嫌になる……。  昼間、宰相様に見つめられた時もそうだった。恋に慣れていない自分をこれまで恥じたことは一度もなかったけれど、なんだか成長していない自分を突きつけられているようで泣けてくるのだ。これでも私、成人なのにな。頑張って働いているんだけどな……。  うつむいて目をぱしぱしとしばたいていたら、頬に触れられた感触にびくりとしてしまった。顔を上げると、王子の顔がすぐ近くにまで迫っていた。 「大丈夫かい?」 「あ、あのっ」  過度の緊張でさらに目をしばたいたら、いまだ触れている王子の指がすりすりと頬の上を動きだした。 「そんなに緊張しないで。……かわいい子だね。エリザベスは」
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