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第0夜
ザアザアと降り頻る雨が視界をボヤけさせる。こんな雨だというのに傘も差さずに、況してや深夜の繁華街を歩いている女の子なんて、周りから見れば変人でしかない。
彼女の名前はソラ。名前からだと爽やかな青空が思い浮かぶが、実際は曇天という表現が似合うような、暗くて重い、何処か息苦しい表情を浮かべているように見える女の子だった。
事実、ソラがこんな天気のこんな時間にこんな場所に居るのは、バイトの帰りだとか友達とのご飯の帰りみたいな明るい理由ではない。
彼女は生きる場所を探していた。正確には、生きていられる場所を。
みんなが日々過ごしている普通と呼ばれるもの。朝から学校に行って、夕方にはバイトに行ったり友達と遊んだり、夜には自宅で家族と談笑したりして眠りにつき、また朝を迎える。そんな当たり前とも言える日常が、ソラにとっては酷く難しいものだった。学校もここ一年ほど行ってない。勿論友達と呼べる人間なんて一人も居ないし、家族の中では危険物に触るかのように扱われている。そんな生活を続けていたソラは、生きていくのがつらくなった。誰からも必要とされない、学校にも家にも居場所がない。でも自殺をするほどの勇気も持っていない。何処かに自分でも生きていける場所は無いのか、そう考えた彼女は毎晩フラフラと行く宛も無く街を彷徨っているのだった。さながら、誰にも飼われてない野良犬のように。
身体に打ち付ける雨粒から身を隠すように、ソラは廃ビルの中へと逃げ込んだ。もう永らく使われていないようで、中は埃っぽかった。ポケットに入れていた唯一の持ち物である携帯で時間を確認する。現在時刻はAM3:00になろうかとしていた。
ああ、もうこんな時間なのか。早くしないとまた朝が来てしまう。朝が来ると、また耐え難い日常が始まってしまう。このままずっと夜に甘えていたいのに。
そんなことを願っても時間は誰にでも平等に訪れるもので、後二時間もすれば日は昇り、街は当たり前に埋め尽くされてしまう。そうなる前に居場所が欲しい。こんな私でも生きていたいだけなのに。
雨のせいなのか、歩き続けていた疲れなのか、はたまたその両方か。普段からずっと考えていることなのに、今日は何故かその欲望が頭から離れてくれない。そう考えている内に、ソラの頬を暖かい雨粒がなぞった。さっきまでの雨で身体が冷えているソラを、さっきまでと違う水滴が今度は心を冷やした。
一度決壊した涙腺は、止まることを知らずに降り頻る。その様は、今も尚降り続く雨空のようだった。
何もない廃ビルの一室に、服から滴る水音と、ソラの泣きじゃくる声だけがこだましている。
もうこのままずっと此処に居た方が良いんじゃないか。それで朝が来ても気付かないフリをして引きこもって、そうしてたらいつかこの世から消えて、端から私なんて居なかったようになるんじゃ……
そんなことを考えていた時だった。
「あのさ、そろそろ良い? 急に入って来て泣き出されると困るんだけど」
「ひゃ!」
突然聞こえた自分ではない誰かの声に思わず変な声が出る。心臓の鼓動がかつてないほどに大きくなる。
「いやさ、いきなり誰か入って来たから警察!? と思って隠れてたら、明らかに同い年くらいの女の子だし。しかもずぶ濡れだし。挙句の果てになんか泣き始めるし。一応泣き止むの待ってたけど全然泣き止まないから、もういいかなって」
いきなり現れて責めるようにまくし立ててくる男に戸惑う。ここの持ち主?とか貴方は誰?とか色々聞きたいことはあるのにそれを上手く言葉に出来ない。
どうしていいか分からずアタフタしていると彼はため息をついて
「とにかくさ、そんなビショビショだとだるいでしょ。こっち来て。タオル貸してあげる」
そう言って歩き出した。急なことばかり言う彼にどう返しせばいいのか悩んでいると、彼はこちらを振り返り、いらないの? と言った。
「いり……ます。ありがとうございます……」
とだけ返して彼の後ろを着いて行く。
これが彼との出逢いだった。
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