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隣に座る恵が、私に優しく問いかける。いつも私のリクエストこたえてくれた恵。
白鍵と黒鍵の上を二人の指がおどる。二人の音色が溶け合い、二人だけの世界が広がってゆく。ショパンにモーツァルト、ベートーヴェン。昔から弾きつながれてきた楽譜たちに心を寄せて、私達の音の花を咲かせていく。
このときだけは、だれにも邪魔されず恵を独り占めできる。とても大切で幸せな時間だった。だけど……今では失われた光景。
「そういえばさぁ、さっきの手紙、だれからなんだ?」
「え? ……わ、わかんない」
口にケーキをもごもごほおばったまま、恵が突然さっきの摩訶不思議な手紙の話題をふってきた。昔の記憶をさかのぼっていた私は、ちょっとドギマギする。
「名前がなかったのか?」
「……うん」
恵が心配そうな表情で私を見つめる。
「変な手紙だよな。『あなたを見てました。あなたの好きな人を知ってます。これからも見てます』だっけ?」
「ちょっと、やめてよ。慎」
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