疎ましい存在

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この日、美代子は仕事で酒が入り帰宅が遅かった。 そんな時は、姉妹で近所の洋食屋さんへ行くかラーメン屋に出前を頼み、ツケで夕飯を済ませる。 美代子からは「お店の人には後でお母さんが払いに来ます、って言いなさい」 といつも言い聞かされていて、夕飯にありついていた。 きっと私の知らない所で、美代子はいつも事前に店に話をつけてあるのだろう。 翌日は何日も前から楽しみにしていた全校遠足。 滅多に乗ることなんてない大型バスでの移動、 お弁当とその後のおやつタイム、これだけは絶対外せない最大の楽しみだ。 私は翌日の遠足に備え、ワクワクしながら早目に布団に入る事にした。 翌朝起床して居間に降りると、粗熱を取るため蓋を開けた状態の私と裕美の弁当が出来上がっていた。 前日私が寝る時にはまだ美代子は帰宅しておらず、お弁当作ってくれるだろうか・・・、と少し心配があったけれど、よかった。朝起きるとちゃんと作ってあった。 だが美代子は、お弁当を作り終えて寝ている。 きっとお酒を飲んで遅くに帰ってきたからだ、と私は思った。 朝ごはん、、、と、美代子を起こすべきか悩んでいた所に、背後からいきなり裕一の怒鳴り声がしたのでびくっとした。 「・・・・・!!」 最初は何を言っているか理解ができなかった。 怒鳴り声、大人の男の声の大きさがただただ怖かった。 その裕一の様子から子供ながらに理解ができたのは、 昨日酒の席で家を空けた美代子が気に入らなかった事、 自分が仕事に出る時間だというのに、美代子が起きて送り出さないという事に、この上なく腹を立てていたようだ。 そして、、、裕一は、灯油の入った赤いポリタンクを持ち出してきた。 蓋を開け、屋内にぶちまけ始めた。 台所、居間、廊下。 水のような飛沫と、灯油の臭い。 先程の怒鳴り声で跳び起きた美代子は、灯油にまみれた廊下で裕一の暴挙をすぐさま止めに入る。 床はぬらぬらと光って足元を滑らせる。 「この家燃やしてやる!」 「やめてください!」 「パパやめてー!やめてー!」 「やめてー!やめてー!」 灯油の臭い、怒鳴り声、美代子の声、 泣き叫ぶ裕美と私。 朝からの地獄だ。 恐怖でいっぱいになる。 裕一は 「覚えていろ!!」 「帰ってきたら家全部燃やしてやるからな!!」 そう捨て台詞を残してポリタンクを投げつけて仕事へ出掛けて行った。 家の中は灯油の臭いで充満している。 美代子はずっと無言のまま、ぶちまけられた灯油を拭き取リ始めた。 私と裕美は、居間の隅で恐怖で泣きじゃくることしかできない。 手早く弁当を包み水筒を準備しながら、登校時間が迫っていた私達に美代子は 「もう泣くのやめなさい」 「早く学校行きなさい」 そう言って私と裕美を学校へ送り出した。 姉妹で酷い泣き顔をした登校、遠足への出発だった。
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