あの日…

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あの日…

 あの日は、一夏の夜だった。  久方ぶりに実家に帰り、私は見たかった映画を見終えた帰り道だった。  本来、朝一番の映画を見るようにしようとしていたが、このご時世だ。確実に混んでいると判断し、あえて遅い時間帯の映画をたまには楽しもうとして、18時帯の映画を見に行っていたんだ。  私の実家から、映画館まではどちらにせよ市町村を抜けなければいけないため、電車に乗って映画館に向かっていた。向かう際は、まぁ、夕方帯であったために人は人混み、というほどではないか、たくさんいた。  その時は、何も感じなかったんだ。  見たかった映画を見て、感動と喜びに包まれながら、暗い電車を乗って家に帰っている時だった。  電車の車内は人通りはなく、まるで行きは怖く、帰りはよいよい、というもので、時間が何かとゆっくりと感じた。まるで、かの有名な都市伝説の駅へと向かいそうなほど、外は暗く、ただただ電車はガタンゴトンと進んでいった。  けど、あの都市伝説と違うところは、車内は私以外の人たちが乗っていたことだった。老若男女問わず、様々な人たちが乗っていた。  ゆっくりと、ゆっくりと、ただ電車は進み、〇〇駅につき、▼▼駅につき、次に私が下りるべき目的の駅の名前がアナウンスに流れ、もうそろそろ降りなければな、と席を立ちあがる。  例え人混みでなければ、電車の車内では規則というものは静かに破れるものなのだ。私は静かに電車の乗車規則を破りながら荷物を纏め席から立ちあがり電車への出口へと向かい窓から映る真っ暗の風景を見つめる。  胸ポケットに潜めた切符を確認しながらも、背中に背負ったリュックを構いなおす。 「◆◆駅~、◆◆駅~」  そして、懐かしいアナウンスが流れ、やっとか、と思いながらも頭の中では映画の思い出深いワンシーンをまるで、フレームに焼き付けるかのように何度も何度も再生し、セリフを一単語ずつじっくりと版画で写すかのように再生していた。  電車がゆっくりと止まり、先ほどまでの暗い風景とは真逆で、私の目の前には明るい白い駅が映った。  明るいというべきか、それとも眩しいというべきなのか、その光景を見ながらも、電車の扉はぷしゅーと音を鳴らしながら開き、ぞろぞろと私に続くように多くの人たちは下りていく。  運が悪かった。  私が下りたところは、運が悪く、目の前に階段がなかった場所だった。逆にエレベーターが目の前にあったが、私は何を思ったのか、目の前のエレベーターには乗らず、いまだに有り余る体力を消費するように近くにある階段へと向かい、階段を上り始める。  多くの人たちはエスカレーターという文明の利器を使っている中、私はその文明の利器よりも早く階段を昇りつめ、改札へと向かっていく。  暗い外の風景に相対的に駅構内では明るい風景が広がっている。  だがその外の風景に相対的になっていないところもあり、駅の受付やコンビニは既に店仕舞いをしてしまい、シャッターはそれを表すかのように閉じていた。  あぁ、懐かしい、と思いながらも映画の余韻に浸りながら、駅の出口へと向かい歩いて行った。  私の実家の駅は、東京の駅ほど複雑怪奇な形はしていないが、少々、難儀な形をしており、一度、上ったのであれば再び下がらなければいけず、せっかく、体力を消費して上った階段を再び降りなければいけないかった。  だが当時の私は何も思わず、階段を降り、駅から出ていくと、外は既に真っ暗であり、空には薄い雲が掛かっていたため、その光景の暗さはより深く暗さを感じさせていた。  その光景に少々、不気味さを覚えながらも帰路につき、ただ近くにある実家へと向かい歩き始める。  耳元に着けたヘッドホンからボカロの曲を流しながら、街の風景を静かに眺め続ける。  するとピカリ、と空には小さな光がほとばしる。花火などしているはずでもないのに、空は一瞬だけ、そう、ほんの一瞬だけ明るくなり、自然に視界は空の方へと向けられる。  どうやら、西の空には怪しい黒が佇んでおり、その中からピカリピカリと迸る雷の光が見える。早く帰らなければという気持ちを持ちながら、あぁ、帰りたくないという気持ちがぶつかるが、私の足は帰路につこうと進み続ける。  数少ない信号機を待ち、信号が青になると、私は何も思わず実家の方へと向かう。  実家が既に目に入り、あぁ、もうそろそろかと早く進める私の足は、目の前の曲がり角に入った瞬間、曲がり角の死角から予想だにしないものが入った。  私の瞳の淵には街頭の下にまるで八尺様のような白いワンピースを着てる綺麗な女性がいた。そのワンピースと比較に成らない程の白い手には淡い黄緑色が混じった小さなポーチバックを持っており、その姿は見ているだけでも画になるものだった。  だが彼女は私の事なんてまるで気づかないようで、誰かを待っているようにただコンクリートの地面に向かってじっと眺めているだけだった。  その瞳の色を忘れてしまった、私はついついその光景に見惚れてしまい、じっと眺めていると、つい理性が何も言わずじっと見つめるのは駄目だろうと思い、ふいと顔を背ける。  そして、実家の方へと向いたが、やはり、あのような光景が気にあってしょうがない。  再び、あの女性を見ると、私は驚いた。  街灯の下にあったのは、先ほどまでの女性ではなく、全長一メートルはあるだろうか。そのような程の大きな白百合だった。  私はその光景を見ると、まるで、狐につままれたような状態になっていた。  だが、その白百合の姿は綺麗で、とても綺麗なものだった。  うん? という、気持ちに包まれながらも、私はそのまま実家に帰っていった。  それにしてもあの光景は一体何だったのだろうか?気が緩んでいたのだろうか? それとも、目の錯覚だろうか?  私はそのような、不思議な気持ちになりながらもその一日を終えた。              ☆  それが私が感じた唯一の一夏の思い出と、言うことになるのだろう。  だが未だに思う。 「あの女性は、百合の具現か、それとも生者の者ではないものか、一体どちらだったのだろうか?」   とね?
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