プロローグ:役立たずの勇者

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   勇者というものは世界のためにその身を捧げなければならないらしい。  勇者だから、困っている人を助け。  勇者だから、死ぬかもしれない戦いに身を投じる。  平穏な人生を送りたいと思っていた人間に、こんな仕打ちはあまりにも理不尽だ。  五年前に女神からの神託を賜り、勇者となった少年――ユルグはうんざりしていた。  この女神の神託というものは、何のことは無い。  生まれ持った才能、潜在能力――素質、とでも言うのだろうか。  誰しもが持ち得ないそれを、神託だのと呼び習わし、もてはやしているだけにすぎない。  もちろん、()()()()()()()()()()()なのだから、授かった人間には凡人が目を見張るような恩恵を持っている。  剣の才、魔法の才……個人によって様々だが、磨かなければただの宝の持ち腐れだ。  素質があるからといっても、いきなり剣の腕が格段に上がったり魔法が扱えたりはしない。生まれもった才能と、血の滲むような修練を積むことで、初めてスキルとして習得に至る。  そして、得られた能力の系統を端的にわかりやすくしたものが、俗に言う冒険者や傭兵が名乗る『職業』なのである。  それには様々な種類が存在するが、一個人が持つ素質には限りがあり、覚えられるスキルにも限度がある。  どれほど魔法の扱いに秀でた者でも、全ての魔法の習得は出来ない。  自らに合ったものしか扱えないのだ。これは先天的なもので、どれだけ努力しようが塗り替えられるものではない。  しかし、結局は他人より少しだけ優れているだけ。  攻撃魔法が扱えたから魔術師。治癒魔法が扱えたから僧侶。剣の腕が優れていたから剣士。  たったそれだけのことだ。  けれど唯一、『勇者』と呼ばれるものは別格だ。  素質や習得可能なスキルに限度はない。修練次第ではどんな魔法でも使用可能。  それが『勇者』の正体だ。  だから、人々の望む通りに生きずとも、それを理由に後ろ指を指されるいわれは一つも無い。  けれど、周りの仲間も街の人間も。挙げ句は、故郷の村人たちもユルグの願いは聞き入れてはくれない。  心の拠り所にしている、幼馴染みのミアだって。  彼女はユルグにとって特別だった。  早くに両親を亡くし、ミアの家に引き取られたユルグは彼女と共に育った。  ミアはユルグにとっては何よりも大切な存在だ。  唯一、ユルグを理解してくれている彼女ですら、彼が勇者なんて辞めたいと愚痴を零すと―― 「困っている人を助けないと。貴方にしか出来ないことだから」  なんて、そんな台詞を吐いてくる。  どうやら彼女には、目の前で苦しんでいるユルグよりも、どこの誰かも分からない人間の方が大事らしい。  以前に立ち寄った故郷の村で言われた言葉が、ユルグの胸に重くのしかかっていた。
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