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王城に着いて、謁見の間に通されたユルグは国王から思いも掛けない言葉を贈られた。
曰く――
「そなたには勇者を辞めて貰う」
というものだった。
それを聞いた瞬間、ユルグは心の底から喜んだ。
これで仲間たちとも、勇者としての責務からも解放される。
待ち望んだ展開に安堵していると、視界の端で国王が手を挙げた。
瞬間、衛兵の槍先が全てユルグへと向いていた。
状況を理解出来ないまま呆然としていると、国王は重苦しく口を開く。
「そなたには勇者を辞めて貰う。しかし、神託を無かった事にはできんのだ。勇者はこの世界にとって必要不可欠な存在である。従って、そなたをこのまま放置しておくわけにはいかんのだよ」
「つまり、俺に死ねってことか……」
「残念なことだが、それしか方法は無いのだ」
国王は最後にすまない、と呟いた。
彼の態度からも苦汁の決断だったことが伺える。
ユルグを排除して、新しい勇者の出現を待つ。
それが最善だと考えたのだ。
ユルグもそれが一番良い方法だと考える。
彼が死ぬしかない、という一点を除いては。
到底、こんなもの受け入れられるわけがない。
ふざけるな、と叫びたい衝動に駆られる。
けれど、この場の誰もが口を揃えて言うだろう。
悪いのは役目を全うしなかったお前だ、と。
そんなもの、口を噤むほかはない。
王城の地下牢で、冷たい石床に座り込んで深く息を吐き出す。
こんなことになるならば、あの時に死んでおくべきだった。
そうであったのならこの一年、自責の念に苛まれることも、生き恥をさらすことも無かった。
今となっては唯一の家族である幼馴染みのミアも、ユルグが生きて帰ってこなくても然程悲しむことは無かっただろう。
仲間たちと方々を巡る修練の旅。
村に戻ってくるのも四年間で数えるほどしかなかった。
そんな人間が消えたところでたかが知れている。
悲しんではくれるだろうが、一時のことでいずれ忘れ去られるものだ。
けれど、こんな結末を望んでいるわけではない。
自らの意思に関係なく生命を脅かされるのなんて御免だ。
目を瞑って今までの人生を呪っていると、不意に誰かの気配を感じた。
顔を上げて牢の外を見ると、そこには仲間の僧侶が立っている。
「あんたは……」
「ユルグさん、私は貴方を助けにきたんです」
「なんで」
「国王だって貴方を始末しようだなんて思っていません。考え直して欲しいだけです」
名前も覚えていない、彼女の真摯な訴えにユルグは静かに頷いた。
「わかった……これからは心を入れ替えて頑張るよ」
「本当ですか!? 良かったです」
彼女は、本当に嬉しそうに笑った。花の咲くような笑顔だ。
眩しいそれに目が眩む。
どうあってもユルグは彼女のようにはなれない。根本からして相容れないのだ。
牢の鍵を開けて貰い鉄格子の外側へ出た瞬間、ユルグは彼女を押し倒していた。
暴れる身体を押さえつけて、叫び声をあげないように口を塞ぐ。
「やっぱり俺はアンタみたいにはなれない。騙して悪いけど、ここでじっとしてて」
涙を浮かべながら彼女はなおも何かを言いたげに叫んでいる。
けれど、口を塞いでいるから何を言っているかは伝わらない。
抵抗する気力も無くなったのか。しばらくすると大人しくなった。
それを見計らって、後ろ手に縛って牢屋に放り込む。
「どうして、こんなことを」
「俺はやっぱり勇者には向いてないみたいだ。でもまだ死にたくないんだ。だったら逃げるしかないだろ」
「でも、だからってこんなこと……一生、国から追われることになりますよ」
「このまま心をすり減らして生きるよりマシだよ」
――アンタにはこの気持ち、分からないだろうけどね。
最後にそう言うと、彼女は俯いて何も話さなくなった。
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