プロローグ:役立たずの勇者

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「ここに来るのも、随分と久しぶりだな」  山奥に建てられた小さな小屋。  その中のベッドにミアを寝かせて、ユルグは一息ついた。  ここは彼が勇者になる前――五年前に建てた山小屋だ。  神託を授かる前は、ユルグはただの村人だった。  いずれは世話になっているミアの家を出て独りで暮らしていくつもりだった。  だから、ここに小屋を建てて自立する準備をしていたのだ。  それも勇者なんてものになってしまったことで無意味なものになったのだが。  今は身を寄せる絶好の隠れ家だ。 「これからどうするかな」  故郷の村もなくなり、国内では指名手配。  ミアもユルグには愛想を尽かしているだろう。  一先ずはここに居られるだろうけど、長くは持たない。  小屋の中にある使えそうな物を見繕っていると、気絶していたミアが目を覚ました。 「……ここ、は」 「おはよう」  声を掛けるとミアは表情を強張らせた。  あんなことをしたんだ。当然ユルグを警戒する。  彼女の態度に特に驚きもせず、ユルグはミアの疑問に答えた。 「ここは五年前に俺が建てた小屋だよ。ミアの家に長居する訳にもいかなかったし、近々自立しようと思ってたんだ」  この事はミアには言っていなかった。  言えば反対されると分かっていたからだ。  彼女の両親もミアも、ユルグを本当の家族と思って接してくれていたから。 「女神様はなんで俺なんかに勇者なんて大層なもの、託したんだろうな」 「……」 「特別な力なんていらない。俺は、ミアの傍で平穏に暮らせればそれで良かったんだ」  今更こんなことを言ってもどうにもならないが、それでも口に出さずにはいられなかった。  ユルグの独白に、ミアは黙って壁を向いたまま。  村人を見捨てた人間には当然の態度だ。  彼女が許してはくれないことなど分かっている。  けれど、ユルグは謝罪をしようとは思えなかった。  国王に死の宣告をされてから、彼は勇者ではなくなったのだ。  今ここにいるのは、ただの村人のユルグなのだから。  薪を集めて小屋に戻ってくると、ミアの姿が消えていた。  おそらく、街に行ったのだろう。  既に街中にはユルグが脱走したことなど、知れ渡っているはずだ。  ミアの裏切りは予想していたことだ。  何も驚くことはない。あんなことをしでかしておいて、恨むなと言う方がおかしい。  ユルグにとって、彼女が生きてさえいてくれればそれで良かった。  それ以上を望むなんて、今のユルグには許されることではない。  ミアが密告すればすぐにでも兵士がここに押しかけてくる。  であれば、すぐにここから発たないと。 「さようなら」  誰も居ない部屋の中に声を掛けて、ユルグは小屋を後にした。  荷物は少しの保存食と路銀、それと小屋の中に置いてあった護身用の安物の剣。  素性を隠すために作った、木彫りの仮面を嵌めてユルグは当て()ない旅に出るのだった。
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